ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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野豚ハウス

目を覚まして時計を見ると午前6時37分だった。

 

昨日の夜遅くに、酒を飲みながらふとした瞬間、その日が十数年前に死んだ父の命日だったということに気が付いた。ずいぶん酔っていたせいもあったのか、何だかつい数日前まで父が生きていたような錯覚に陥った。そして懐かしくなって、以前に父から送られてきた何通かの手紙が無性に読みたくなり、手紙を探して部屋の収納の中にしまってあるダンボールをかき回していたら、ひとつのダンボールの中に見覚えのないおかしな人形が、詰め込まれた様々な書類の隙間から顔を覗かせていた。

 

「なんだこれ、こんなもの家にあったかな・・・。」と、ひとりでつぶやく。

 

それは薄汚れた木彫の操り人形のようなもので、四肢と胸と腰、そして頭が内部の糸で繋げられているような構造になっていて、手で持つとグニャグニャとのたうち回るように不規則に揺れ動いた。見た目は人間を模したもののようだったが、頭部だけが何かの獣、おそらくは猪ではないだろうかと思うのだが、大きな上向きの鼻と耳元まで裂けた口、口の中には二本の大きな牙が生えていた。顔の左右に付いた二つの目は血走ったような装飾がなされていて、その二つの目以外にもうひとつ、眉間のあたりに少し小さな色の違う目のようなものが付いていた。

 

人形を我が手にしっかりと握ってしまった後だったが、その造形は少し気味悪くて、触ってしまったことを後悔した。気を紛らわすために「こんなもの、あったかな・・・。」と独り言を放ってみるが、やはり何か気味が悪い。

 

しかし今はどうしようもない。もうずいぶん夜も遅い。寝間着にも着替えてしまっている。ちょっと気味が悪いからといって、この格好でコンビニや公園のごみ箱あたりに捨てにゆくわけにも行かない。寝間着姿でおかしな人形を手に持った男が、深夜の住宅街をトボトボ歩いている姿が警官の目にでもとまったなら、そちらの方がおそらくはちょっと厄介だろう。かといって着替えるのも面倒くさい。などという思いがザラザラと頭をめぐるが、まあいいかと思ってその人形をひとまずテーブルの上に置いてから、しばらくの間幾つかのダンボールを引っ掻き回したのだが、けっきょく父の手紙は見つからなかった。

 

確かにこの家の何処かには、父の手紙が何通かしまってあったはずなのだが、あるいは実家に置き忘れてきているのだろうかと、ダンボールを収納の中に戻しながら、酒にぼやけた頭で考えてみるが、はっきりとした記憶は浮かび上がっては来ないまま、しばらく収納の前に座ってぼんやりとしていると、ふいにテーブルに置かれた携帯電話が鳴り出したので我に返る。テーブルに手を伸ばして携帯電話に出ようとすると、電話はすぐに切れてしまう。着信履歴には番号非通知と出ている。

 

と、その瞬間にあることに気が付く。

 

「あれ・・・、人形がない・・・。」

 

と思った途端に、今度は手に持った携帯電話のメールの着信音が鳴ったので思わずビクッと身を震わせる。訳の分からない不安に襲われて意味もなく部屋の中を見回す。特に何を探す理由があるわけでもない。自分でもなぜ部屋の中を見回しているのかわからない。けれど本能的に部屋の中の少しの暗がりや角が気になって仕方がない。

 

再び気を紛らわすために「誰からメールだ・・・。」と声に出してから、メールを確認してみる。知らないメールアドレスからのメールが届いていて、件名も本文も何も書いていないが、写真が添付されているようだ。何だか恐ろしくなって、見ようかどうしようかずいぶん迷ったのだが、この後写真を見ないまま過ごす時間のほうが、どんなにか怖ろしいと思って写真を確認してみる。

 

写真には、自宅のアパートの近所にある壊れかけた廃屋が写っている。毎日毎日駅までの行き帰りに目にする廃屋で、写真をみた時にすぐにそれだとわかった。とんでもなく荒れ果てている廃屋なのだが、時々中から明らかに人のいるような気配がして、それだけではなくテレビだかラジオの音まで聞こえてくるので、てっきりまだ人は住んでいるのかと思っていたのだが、ある時近所の八百屋の主人に聞いてみると、「あんなとこ人は住んじゃいねえよ。」とキッパリ言われた。

 

再び鳴り響いた携帯電話の着信音に、肝が潰れそうになる。

 

「いったいなんなんだよ・・・。」

 

猪ハウス

 

 

 

 

月白貉