キプロスの麻薬
見知らぬ街を歩いていて、何気なく入った古美術店。
そこで播磨と名乗るひとりの年老いた考古学者と出会う。
「私は考古学者をしていてね、嘘だと思うかもしれないけれど、ほんとうだよ、考古学者をしている。本なんかも何冊か出しているよ、ほら。」
そう言って、百科事典のように分厚い本を手に取りパラパラとページをめくると、美しい出土品の写真にはすべて、撮影者として播磨と名が記されていた。
彼の背後の色あせたショーケースには、メソポタミアの楔文字のハンコやら、キプロスの麻薬の小瓶やら、石器時代の鏃やら、そういったものが雑然と並べられている。インダスやらシリアやらで発掘してきたもので、ほとんど数千年前のものだと、彼は言う。
「ほんものだよ。」
ショーケースの出土品に釘付けになっているぼくに、彼は「まあ、お座りなさい。」と笑いかけて、ダージリンとアンコの入った和菓子で饗してくれる。暫くの間、彼の話に耳を傾ける。それは考古学の話やセイレーンの話や、彼のいままでの人生の話だった。
まだ若かりし頃、単身でまったくのアポイントも取らず、エジプト考古学博物館や大英博物館に所蔵品の貸出を頼みに行ったことがあるという。エジプト考古学博物館にはツタンカーメンの黄金のマスクを、そして大英博物館にはロゼッタ・ストーンを。どちらもとんでもないシロモノだし、見ず知らずの日本人が何の約束もなく訪れるものだから、結局は当然どちらも断られたが熱意は伝わったらしく、後日どちらからも完全なレプリカを送ってきてくれたと、彼は言った。
「なんでもぶち当たっていけばいいよ、どうにかなる。どうにかならないものはならない、どうにかなるものはなる。それでいいじゃないか。」
ぼくはほとんど自分のことは話していないが、何だかいろんなことを見透かされているようだった。
「メールちょうだいよ。」
彼はそう言って、マルブチの眼鏡をヒョイと外して名刺を差し出した。口元を覆う真っ白い髭をユサユサと揺らし、彼は笑っていた。
月白貉