ぼくの東京物語
先日、初対面のある人と話をしていて、ぼくが東京にずっと住んでいたことを話すと、こんなことを言っていた。
「わたしもしばらく東京で暮らしていたことがあるんですよ、ずいぶん長く。そして、こっちに帰って来て思ったけれど、
東京に比べたら田舎ってやっぱり、そんなに人にやさしくないです。
とくに違う土地から来た人に対してはやさしくない。東京の人は冷たい冷たいって田舎の人は言うけれども、純粋な東京人は、付き合ってみて思いましたが、誰にでもやさしいですよ、面倒見もいいしよくしてくれる、ときどき今でも、また東京に戻りたいなあと思います。」
なるほど、確かにそうだなあと思った話だった。東京は人が山のようにいるけれども、純粋にもともと東京の人って実は少なかったりするのだ。
そうやってふと東京のことを思い出す。
毎日毎日行きも帰りも押し潰されるような満員の通勤電車にのって、仕事でもストレスフルだった日々のことも思い出すし、東京の街をぐるぐる歩き回って、いろんな場所やいろんな人に出会っていた日々のことも思い出す。
小さなポケットサイズの東京マップが、使い込みすぎてボロボロになって、もう一冊新しいものを買い直して、それもまたボロボロになるくらい東京中を歩きまわった日々だった。
東京を離れた時は、いろんな問題やストレスが折り重なって抱えきれなくなって、もういいやって、そうなったんだった。
そんな風にして、ぼくの東京での物語は、一旦幕を閉じた。
続編があるのか、あるいはもう二度とないのか、それはぼく自身にもなんとも言えない。
ただ時々、ふと東京の街を、もう一度あてもなく歩きたくなることがある。
失ってみて初めて分かることがあると、誰かは言う。
半分くらいは、その意見には賛成だけれど。
月白貉