ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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翡翠色の百足

何時かも知れぬ真夜中、

 

ぎゅうと胸を押さえつけられるような寝苦しさに目を覚まして真っ暗闇で目を開けると、

 

翡翠みたいな体色をした、ゆうに十メートルはあろうかという百足が部屋の天井に張り付いていて、右往左往している。

 

はっと思って息を殺す。こちらの気配に動揺した百足が、わらわらと足をバタつかせながら天井からこちらへ落ちてきては、堪ったものではないからだ。

 

こちらがじっとして、布団をかぶったまま様子を伺っていると、百足の体の節々の数箇所から甲虫の筋張った羽根のようなものがバリバリと音を立てて生え出し、次の瞬間には天井スレスレに宙に浮かび、飛び始めた。

 

すると部屋のドアが開いて、母親が顔を覗かせ、「熱は下がったか、熱は下がったか」と仕切りに呼びかけけてくる。

 

天井を飛ぶ百足に気付かれてはいけないと思い、必死で目配せをするが、母親は百足には気付いていないようで、次第に狂ったように呼びかけてくる。

 

「熱は下がったのか、もう夕飯の時間だ、食べられるのか、食べられないのか、熱は下がったのか、熱は下がったのか。」

 

百足が怖くて身動きもぜずムスンと黙りこくっていると、「まだ昼の三時だ!」と怒鳴って、部屋の扉を壊れんばかりにダダンと閉めて、母親はいなくなる。

 

その音にはあまり反応せずに、翡翠のような透き通った緑の色をした百足は、天井スレスレのところを飛び回っている。

 

さてどうしたものかと考えて、先ほどの母親の大声にも、ドアの音にも反応はなかったから、そっと部屋を出てしまえばいいだろうと思い、布団から滲み出るよにしてゆっくりゆっくりドアのところまで体を這わせてゆくと、急に天井の百足の動きが活発になり、こちらに向けてバリンバリンという湿った羽音と共に跳びかかって来たかと思うと、百足の頭がもうすでに顔のすぐ横にあって、シーシーと唸り声をあげている。

 

これはもう駄目だ、喰われて終わりだと思っていると、

 

「勝手にさせて頂くが、勝手にしたらいい、何にしろ勝手がいい。」

 

百足がそう言って、ケラケラケラと笑い出す。

 

部屋のドアの外からも、母親がヒヒヒヒヒと大声で笑う声が響いている。

 

何だと思ってドアの方を見ると、ドアは障子紙のように透けていて、向こう側に見知らぬ女が団子を頬張りながらヒヒヒと言って笑い転げている。そして障子紙のようにドアに指先で穴を開けて、「ポッチャン、ポッチャン、いやらしい。」と繰り返し言って笑っている。

 

すると、部屋の反対側のドアから父親が飛び込んできて、「風呂場の下だ、思った通りだ、やっぱりあそこに死体が埋まっているじゃないか!」と訴えかけてくる。父親の後頭部には、小さなチャウチャウのようなものがへばり付いている。

 

そんな夢を見た。

 

その夢を見た日は、後から知ったことだが、高熱を出していた。

 

お題「最近見た夢」

 

 

 

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