奴は他人の体に入り込み、動き回ってる -『ヒドゥン』(The Hidden)
幼いころのぼくの生活は、日曜洋画劇場を軸に回っていると言っても過言ではなかった。
テレビの映画番組が最盛期だったあの頃は、昼夜、そして真夜中を含めて、多くの映画番組が存在したが、やはりいちばんの中心軸は、淀川長治の君臨する日曜洋画だったことは言うまでもない。
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映画本編はもちろんだが、やはり淀川長治の絶妙な解説と、番組の最後に流れる次回以降の予告編、あれがなんとも楽しく、なんとも胸踊り、そしてなんとも素晴らしかった。
そして余談ではあるけれど、日曜洋画劇場の映画の合間に流れるコマーシャルは、ぼくの印象だと実にシックで映画的なものが多かったように思う。もちろん時間帯ということもあるが、昨今のテレビCMのようにクオリティのだだ低い下劣なものではなかった。もうここ数年テレビをまったく観ない生活を送っているので現在の状況は知るところではないが、おそらくは悪化の一途をたどっているであろう。
もちろん映画の合間にCMが挟まれることには、ぼくは子どもの頃から憤りを感じていたが、それでも昔は、おそらく番組制作側がある程度CMの内容や表現なども考慮してスポンサーを選んでいたんじゃないのかと思う。いまのように猫も杓子も消費者金融のCMを流すようになってしまっては世も末である、ほんとうにアホかと思う。
さて話を映画の方に戻さねばなるまい。
そんな日曜洋画劇場で放送された映画の中でも、ぼくの中でひときわ印象に残っているSF映画がある。
というわけで、今回の地球外生命体映画は「ヒドゥン」(The Hidden)である。
「ヒドゥン」は1987年(日本では1988年)に公開されたアメリカのSF映画で、第16回アヴォリアッツ国際ファンタスティック映画祭でグランプリを獲得している。
アヴォリアッツ国際ファンタスティック映画祭とは1973年から1993年までの20年間、フランスのアボリアッツで開催されたファンタジー&ホラー映画専門の映画祭である。ちなみに翌年の1994年からは、同映画祭を前身としたジェラルメ国際ファンタスティカ映画祭が、フランスのジェラルメで引き続き開催されている。
アヴォリアッツ国際ファンタスティック映画祭のグランプリ受賞作品には錚々たる顔ぶれがそろっていて、その中でぼくが鑑賞済みのいくつかを上げてみると、「激突!」、「ソイレント・グリーン」(Soylent Green)、「キャリー」(Carrie )、「マッドマックス2」(Mad Max2:The Road Warrior)、「ターミネーター」(The Terminator)、「ブルーベルベット」(Blue Velvet)などなど、皆いずれ劣らず名作である。そんな中で1988年の第16回グランプリに選ばれたのがこの「ヒドゥン」なのである。
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ちなみにこの「ヒドゥン」にはまったく別のスタッフによって製作された「ヒドゥン2」という続編があるのだが、どうやらずいぶんと駄作なようで、ぼくは未鑑賞であり、ここでの言及も控えることにする。まあ観てみなければわからないこともあるだろうから、機会があれば鑑賞してみようとは思っているけれど。
さて、話を戻すと、この作品の監督はジャック・ショルダー、ぼくの知る限りだと「エルム街の悪夢2 フレディの復讐」(A Nightmare on Elm Street 2: Freddy's Revenge)の監督も務めている。
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主演はと言えば、ロス市警の敏腕刑事トム・ベック役を演じるマイケル・ヌーリー、
彼は「フラッシュダンス」(Flashdance)で主人公アレックス・オーウェンズを演じるジェニファー・ビールズの恋人役ニック・ハーレイとして出演していたことが懐かしい。
そしてもう一人、この映画で重要なカギを握るFBI捜査官役ロイド・ギャラガーを演じるカイル・マクラクランである。
カイル・マクラクランと言えば、後にこの映画と同じくFBI捜査官役を演じて大ヒットした名作テレビドラマ「ツイン・ピークス」(Twin Peaks)なくしては語れないであろう。実は「ツイン・ピークス」でのFBI捜査官役に彼が抜擢された理由は、この映画での彼のFBI捜査官役を観て高評価を下していたデヴィッド・リンチの意向によるものだとされている。
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他にもこの映画には、映画好きならニヤリとする個性派俳優が出演している。
まずは主人公の同僚クリフ・ウィリス役を演じるエド・オロス、
彼は「リーサル・ウェポン 」(Lethal Weapon)、「フルメタル・ジャケット」(Full Metal Jacket)、「レッドブル 」(Red Heat)、「奴らに深き眠りを」(Hoodlum)など多くの名作に出演している。まあ独特の個性ある顔の造形からして大抵は悪役で脇役的な傾向が強いが、犯罪が絡む映画にはおおよそ出演しているかのような錯覚さえ受けるほど、彼の顔はぼくの心に焼き付いている。
そしてもう一人、この映画においてはまさに一瞬しか登場しないが、ありえないほどの強烈なインパクトの持ち主、名も無き囚人役で登場するダニー・トレホである。
この名を聞いてもはや知らぬ人などいないであろう、近年で言うなればもちろん、彼の初主演作品でもある「マチェーテ」(Machete)は有名である。もしそんな名前知らないよという方でも、その顔を見れば一目瞭然なのでご安心いただきたい。映画に出てくる極悪なゴロツキの中には必ず彼がいると言っても過言ではないくらいである。前述のエド・オロスの比ではない。また、その顔と体が物語るように、彼は十代の頃から犯罪と麻薬に手を染め、長らく刑務所暮らしを余儀なくされた後に刑務所の中でボクシングチャンピオンになるというとんでもない経歴を持っている。しかしその後更生して、エキストラから俳優としてのキャリアをスタートさせているのだ。
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彼の出演作は非常に多いので、おそらく何かの映画で一度は顔を見ているはずである。特に従兄弟である映画監督のロバート・ロドリゲスの作品においてお馴染みなことは言うまでもなく、一度見たら決して忘れないという特殊能力的な存在感こそ、ダニー・トレホなのである。この「ヒドゥン」での役も、おそらく他の俳優が演じていればまったく印象になど残らないシーンなのだが・・・彼のおかげで衝撃的に印象に残る結果となっている。
さて、俳優の話(ほとんどダニー・トレホの話だが)が長くなったので先に進もう。
ではこの映画はどんな話なのかを水で50倍くらいに薄めてご説明すると、
多発してる凶悪犯罪の様子がどうもおかしいなあ、地球外生命体の仕業なの?という話である。
ぼくはこの映画を何度も何度も観返していて、もちろん映画のソフトも所蔵しているのだが、ある小説を読んでいた時に、「はっ!」と思ったことがあった。その小説のとある件に、この「ヒドゥン」に描かれているシーンとまったく同じようなものが出てきたからである。さらにはそのシーンはこの映画の最も核となる重要なシーンかつ、一番インパクトのあるシーンだったからである。一番インパクトがあると言ってもダニー・トレホのシーンではない。
そのシーンの詳細については、未鑑賞の方に配慮して多くは語らないことにするが、地球外生命体の存在が強く描かれているシーンである。もちろんSF小説やホラー小説であれば、何となく似たような件や描写は出てくることがあるかもしれないが、ぼくがその件を見つけた小説は何かと言えば、
村上春樹の「海辺のカフカ」なのである。
「海辺のカフカ」についてここで語りだすと大いに長くなってしまうので最小限にとどめるが、皆さんご存知、村上春樹の代表作のひとつであり、2002年に発表された長編小説である。
この物語はギリシア悲劇や日本の古典文学を下敷きにして物語られていると言われている。例えばその下敷きとしてのオイディプス王の物語だったり、あるいは「源氏物語」や「雨月物語」などに関しては、残念ながら詳細を語れるほどぼく自身あまり明るくはない分野の為、ここでは言及を控えさせていただく。ただこの小説の中には、ぼく目線でいうところのSFだったりホラー的な要素も大いに含まれていると感じる。
ぼくが何度か「海辺のカフカ」を読み返したのはもうずいぶんと昔であるため、若干記憶が薄れてはいるのだが、たとえばUFOとそれに伴う地球外生命体的なものの人間への関与、あるいはまたそれに対する旧陸軍との関わりが描かれていたり、生霊的なものの描写が出てきたり、絶対悪のような存在についての件があったりする。その他にも主要人物として登場する老人に芽生える特殊能力やキーアイテムとなる“石”の存在などなど、オカルティズム要素は満載である。
そんな中で、ずいぶんと後半部分なのだが、「ヒドゥン」を髣髴とさせるシーンが描かれているのだ、もちろんぼくの個人的な意見だけれど。
村上春樹は小説の中に好きな映画のエッセンスを加えることでも知られているので、あるいは「ヒドゥン」に影響を受けて、それを作中に表現した場面だったのかもしれないが、ここではあえて誰のどこの場面などというような野暮なことには言及せずに置こうと思う。もし興味があれば探してみていただきたい。
さてずいぶん長話となってしまったので、最後にこの映画におけるぼくの好きなシーンをひとつ。
劇中に登場するストリッパーがやけにエロいという部分も捨てがたいのであるが、やはりベックの家に夕食に招かれたギャラガーのシーンが好きだなあ。あそこにこの映画のすべてが描きこまれているような気がしてならない。なんだかちょっと切ないシーンでもあるしね。
そんなわけで、今回の地球外生命体映画、お開きとさせていただく。
あの頃に観た日本語吹替の「ヒドゥン」も、なんだかもう一度観たくなったなあ、そしてもちろん、淀川長治の解説と、お別れの言葉もね。
月白貉