兄弟
兄と話をしなくなったのはいったい、いつごろからだろうか。
小学生の頃、ぼくは登校を拒否しがちな子どもだった。
誰かにいじめられていたとか、勉強するのが嫌だったとか、あるいは少し大人びていて義務教育の制度に疑問を感じていたとか、とくに具体的な理由があったわけではない。 ただ漠然と学校に行きたくなかった。 小学二年生になった頃には、毎朝学校に行く時間になるとぼくは決まって適当な理由を付けて、学校を休みたいと言い出すのが日常になっていた。
四つ年上だったぼくの兄は、ぼくとはまったくの正反対で、学校に行くのが大好きな子どもだった。
「マサヒコがまた気持ちが悪いって言ってるよ母さん、きょうはお休みさせたらいいんじゃない?」
兄はぼくが嘘をついていることを当然知っていた。
けれど、ぼくが気持ちが悪いとか、熱がありそうだとか、脚が痛くて歩けないとか言い出しても、決してぼくのことを悪く言うことはなかった。それどころかぼくの嘘をかばってくれることも度々あった。 そして二人だけで話をする時でさえも、ぼくがあまり学校に行かないことや、嘘ばかりついていることについては一切触れることはなかった。
「きょうさあ、図書館でこれ借りてきたんだ!ヒマラヤに大昔の大猿の生き残りがいるんだって!おれがさあ、この間、白山さんの裏の森でみたやつさあ、これじゃないかなあ?」
兄はおばけとか妖怪とか幽霊とかの話が大好きで、部屋でぼくと二人きりになると、よくそういう話を聞かせてくれた。
ぼくはどちらかというとそういうことにはちょっと懐疑的だったし、すごく怖がりだったので、本当は「そんなの嘘じゃないかなあ?」と心の中では思っていた。しかし兄のことが大好きだったぼくは、楽しそうに話をする兄にそんな否定的なことを言ったら、兄に嫌われてしまうんじゃないかという不安から、いつも楽しそうに話を聞くフリをしていたし、時には自分の方からそういう話をもっと聞かせて欲しいとリクエストすることさえあった。
でも今考えると、ぼくがそいうい話にはあまり興味がないことを兄は知っていたんだと思う。けれど兄はそんな素振りはぼくにはまったく見せずに、いつも異常に興奮した様子で世界の謎と不思議を、ぼくに熱心に話してくれた。
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月白貉