ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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宅配便

「お父さん、警察に電話してっ!」

 

沈黙を破ったのは母だった。

 

台所のインターホンのモニターに映し出された茶色い毛に覆われた人型の何かは、玄関のドアに体を密着させて、テナガザルのように長い右腕をドアの横のインターホンの機器に伸ばしている。

 

「ピンポーン」とチャイムの音が再び家の中に響き渡る。

 

母はぼくが今まで見たこともないような引きつった表情で父の肩を揺さぶりながら、「お父さん!!お父さん!!!」と叫び続けている。一方の父は、顔の表情がまったくなくなり人形のようになって母に揺さぶられながらモニターを凝視している。

 

二度目のチャイムが鳴り響いてからしばらくして、モニターの映像がパッと消えてなくなり、それと同時に母は父を揺さぶるのをやめて立ち上がり、台所のシンク下の収納からから出刃包丁を取り出し、胸の中央に両手で握りしめながらテーブルに戻ってきた。

 

「お父さん、なにか武器を!!!マサヒコ、あなた部屋に野球の金属のバットがあったでしょ、はやくはやく!!!」

 

母は動揺していて、出刃包丁を持った両手で階段の方向を何度も指差し、包丁の先がその度に父の顔をかすめていた。

 

「母さん、あぶないよ、父さんの顔に!」

 

ぼくは母の手の動きを制止してから、今の状況を理解しないまま、母の言うとおりに二階にある自分の部屋に金属バットを取りに向かった。ぼくがいつもの二十倍ぐらいの速度で階段を駆け上がっている間にも、台所からは母の声が響いてきていた。

 

「お父さん、そこの物置のチェーンソーよ、ほら早くっ!!!」

 

ぼくが部屋から金属バットを持って台所に戻ってくると、父と母が言い合いをしていた。

 

「ば、馬鹿なことを言うんじゃない、チェーンソーなんか家の中で振り回せるか、おまえは変なアメリカのドラマを見過ぎなんだよ!ちょっと落ち着きなさい!座って!座りなさい!!」

 

「だってお父さん、あの雪男が家に入ってきたらどうするのよ!あんなもの素手ではどうにもなりませんよ!!!あっ、マサヒコ、バットバット!!!」

 

父は意外と冷静なようで、依然として険しい表情はしているものの、顔色は普段と変わらないものに戻っていた。そして台所に戻ってきたぼくに気付いた父は、ぼくに手招きをして椅子から立ち上がった。

 

「ちょっとお母さん、落ち着きなさい、包丁は置いて!あれが雪男なんかであるはずがないでしょ、いくら冬だからといって日本の、しかもこんな住宅街に雪男なんかでてくるわけがないでしょ・・・しかもだ、そもそも雪男ってのはなんだよいったい・・・マサヒコもバットは置きなさい!とにかく落ち着いて!」

 

「じゃあ、あの外にいるモジャモジャの大きな男は何なのよ!!!」

 

母の言葉は鳴き声のような響きになってきていた。

 

「あれは・・・サトルじゃないのか・・・サトルのいたずらだろ、きっと。」

 

その時、再び家の中にインターホンのチャイムが鳴り響いたかと思うと、次の瞬間玄関の方から大きな声が響いてきた。

 

「宅配便で〜す!」

 

一瞬身を震わせたぼくと両親が、再びインターホンのモニターに目をやると、モニターの映像は黒い毛のようなもので覆われており玄関の外の様子はまったく見えなかった。

 

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