ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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こわい携帯

新宿駅の構内を歩いていたら、ぼくの前を10代後半の女の子二人と50代くらいの女性が並んで歩いていた。

 

すると女の子のひとりが突然、

 

「ママ、携帯が鳴ってる!こわい、こわいよ!!」

 

と言い出したのである。

 

そこでその三人が親子なのかなと、ふと思う。

 

「ママ、ママ、携帯が鳴ってる!こわい!!」

 

女の子はしきりに母親に呼びかける。

 

自分のポケットに入っている携帯電話のバイブレーションが震えているのか、もしくはカバンの中に入っている携帯電話の呼び出し音が鳴っているのか、それは定かではない。土曜日の昼下がり、人で溢れる新宿駅の中では、バイブレーションの音はおろか、呼び出し音すらもぼくの耳には届かない。しかし、その女の子はひどく怯えている。

 

「ママ、携帯が鳴ってる!こわい!!」

 

その呼びかけに母親は、「なにがこわいの??」と応える。

 

ぼくもそう思った。けれど、その女の子はずっと怯えながら母親に「こわい」と言い続けている。「携帯が鳴っている」と言い続けている。

 

しばらく歩きながらそのやり取りを見ていたぼくは、ひどく「こわく」なってきた。

 

そこで謎を解明すべく、勝手に推理してみることにする。

 

考察1、携帯が鳴ってるという日常的な出来事の何がこわいのだろう?

 

もし日常的に携帯電話を使っているのであれば、携帯電話が鳴ることはおそらくその時が初めてではないはずだ。母親の反応もぼくと同じものだったことから、おそらく家庭では、彼女は携帯電話を普通に使っているはずだ。あるいは家族にはそう思われているはずだ。こわいポイントとはいったい何なのか?

 

考察2、女の子の携帯は本当に鳴っているのだろうか?

 

その女の子は両手に紙の買い物袋を持っていて手には携帯電話を持っていなかった。だからぼくは、ポケットの中か肩に下げたバッグの中の携帯電話が鳴っているのだろうと推測していた。けれどその時点では彼女の携帯電話が本当になっているのかどうかは、ぼくには確認が出来なかった。そして彼女は携帯電話を手に取ってみる前からすでに怯えていた。とうことは、誰か特定の相手からの着信に怯えているわけではない。だたもし相手によって着信音を変えていたり、加えてその着信音に連動したバイブレーション設定にしているのであれば、その着信音に紐づけられた誰かに反応して怯えていたのかもしれない。しかしその場合、「ママ、携帯が鳴ってる!こわい!!」という言い方はどうも腑に落ちない。

 

考察3、鳴ってるのは誰の携帯なのか?

 

ぼくは女の子の言葉から、つい彼女自身の携帯電話が鳴っているものだとばかり思っていたが、そもそも彼女が反応しているのは自分の携帯電話のことではないのではないか。

 

考察4、壊れている携帯が鳴っているか、あるいは充電が切れている(切ってある)のに鳴っているのだろうか?

 

女の子の携帯電話は何らかの理由により前日に壊れたはずだった、さっき確認したら充電をし忘れていて電源が切れていた、あるいは着信を避けるために自ら電源を切っていた。いずれかの場合に、もし「携帯が鳴っている」のなら「こわい」かもしれない。

 

考察5、彼女の言う「携帯」とは「携帯電話」のことだろうか?

 

ぼくは女の子の言う「携帯」を勝手に「携帯電話」だと思って話を聞いていたが、彼女の言う「携帯」が「携帯電話」ではなく、なにかしら別の「携帯」の可能性も否定出来ない。ではその「携帯」とは、果たして何なのだろうか?

 

考察6、その三人は本当に親子か?

 

目の前の光景を娘が母親に話しかけているとばかり捉えていたのだが、本当は至近距離で歩いていただけのただの見知らぬ三人ではないのか。たまたま別々に発した言葉が偶然重なり、親子の会話のように聞こえていただけかもしれない。ちなみにもうひとりの娘だと思われる女の子は、他の二人の会話にはまったく反応していなかった。

 

考察7、ぼくは本当にその場面を見たのか?

 

家に帰ってきてから、さっきの出来事は意味不明にこわかったなあと思ったけれど、実はそれはぼくが帰りの電車の中で、自分の頭の中だけで妄想していたことで、現実の出来事ではないのではないだろうか。家に帰るまでのどこかの過程で、その妄想が現実に体験した出来事かのように頭の中ですり替えられてはいないだろうか。

 

そんなこんなで、まったく解決の糸口は見つからず、気になって夜も眠れなくなるだろう。

 

 

 

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月白貉