幼脈
彼が眠ってしまうと、ぼくはキッチンで夕飯の支度に取りかかる。
今日の献立の予定を頭の中に思い浮かべ、まずは冷蔵庫をあさりながら料理のイメージを膨らませてゆく。
豚バラスライスともやしと、そのほか冷蔵庫に残った野菜を使って何か炒めものを作ろう。いためものに合わせて、卵とトマトを使ったあっさりめのスープも作ろう。
そんなことを考えながらしばらくキッチンで作業をしていると、気が付けばぼくの部屋には、もう太陽から飛んできたあたたかな光は届かなくなっていた。そばに置いていた携帯電話の時計を見ると、「17:37」という表示が点滅している。ぼくは、今日家にやってきた小さな植物のことが気になり、彼の眠っている窓際に行ってみると、太陽の光が差し込まなくなった部屋の中は、薄い青色の絵具を流し込んだような色に染まっていた。そして彼はまだ、静かな眠りの中にいるように見受けられた。
ぼくが静かに窓際に近付き、彼を起こさないようにゆっくりとカーテンを閉めようとすると、
「カトバルといいました・・・」
眠っているのかと思っていた彼が、突然小さな声でしゃべり出した。
「かつてぼくには、とてもとても背の高い、やさしいともだちがいました。でもそのともだちはある日、巨大なノコギリのような機械で、腰のあたりをギリギリと切られ、たくさんあった大きな腕もハリハリと切り落とされ、その背の高い体と、たくさんの大きな腕は、どこかに連れて行かれてしまいました。後に残ったのは、その背の高い体をがっしりと支えていた、ぼくのともだちの腰から下だけでした。ともだちの名前はカトバルといいました。カトバルは、腰を機械で切られている時、いままで聞いたことのないような恐ろしい悲鳴をあげて、救いを求めていました。」
そこまで話すと、彼の体はぶるぶると震えだした。
窓は閉ざされていて、外の風などは入ってこないはずの真っ暗な部屋の中で、まるで嵐の前触れに吹く不吉な風に吹きつけられるように、彼の体は絶え間なく震え、次第にその震えは激しくなるように思われた。
「ぼく、ぼくは、それを彼の足もとでずっと見ていました。ギリギリという、機械の唸り声と、カトバルの悲鳴で、ぼく、ぼくの体は凍りつき、動けなくなりました。そして身動きが取れずにいるぼくの頭上から、カトバルの体の切れ端が、まるで嵐の日の雨粒のように降り注いできました。しばらくすると、小さなぼく、ぼくの体は、カトバルの肉片や、カトバルのちぎれたたくさんの小さな腕に埋もれていました。そのあとは、よく覚えていません・・・」
ぼくはしばらく、彼の話を何も言わずに聞いていた。
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月白貉