大便所図書館
故郷に蔵書の殆どを置き去りにしているぼくが、現在手元においている本はほんとうにわずかなものだが、その数少ない我が愛する蔵書は、トイレにおいてある。
特に長トイレな人間ではないのだが、
ふと息やらなんやらが抜ける瞬間に、手を伸ばした本の無造作に開かれたページに目をやるのが、ぼくの持つ読書スタイルのひとつなのである。
ぼくのトイレの蔵書を見る人に見てもらえれば、ぼくの趣味嗜好がある程度わかるのではないだろうか。
というわけで我が大便所図書館の蔵書について一冊ずつ触れてみようと思い立つ。
きょうの一冊は、池波正太郎の言わずと知れたかの名著、「食卓の情景」である。
池波正太郎が食と人生について書き残しているとてもすばらしい、そしてぼくの大好きな本のひとつだ。ぼくは池波正太郎の時代小説にはほとんど手を出したことがないのだが、彼の書き残した食に関するエッセイの多くは我が蔵書である。その中で唯一今手元に持っているのが、この「食卓の情景」。
まあ、あまり多くのことを書き連ねるよりも、興味のある方はぜひ読んでいただきたい本であるが、そのあとがきから少し引用してみたい。
いま、日本人の食生活は、私どものような年齢に達した者から見ると、激変しつつある。
近い将来に、われわれと食物の関係は、おもいもかけなかった状態へ突入するかもしれない。
ゆえに、この[食卓の情景]が、あるいは記録としての意味を持つようになるかもしれぬ。呵呵・・・・・・。
昭和四十八年春
ああ、まさにそのようになっている昨今であるなあ・・・・・・と、トイレでこの件に目をやるたびにため息が出る。いまの日本の食に関する状況、現状を見る限りでは、当時の池波正太郎のように、呵呵とも言えぬのがまた悲しいことだ。
まあ、とはいえ、この本をトイレで開きながら、献立をあれやこれやと考えるのが、なんとも楽しいこの頃である。
月白貉