ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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2016-03-06から1日間の記事一覧

美味しい映画と不味い映画、映画を食べるということ -『映画の味』起筆への序章として[映画の味]

映画の良し悪しの基準は、人それぞれだと思う。 現時点(2016年3月6日現在)において、いったいこれまでに製作された映画の数がどのくらいにのぼるのか、ぼく自身はまったく把握してはいない。おそらくは、今日から死ぬまでの間、ずっと映画を観続けたとして…