ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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枝角を持った“ウェンディゴ”という名の怪物、スコット・クーパー監督『アントラーズ(ANTLERS)』

「対人恐怖症」という一種の精神障害があるが、それが日本における「文化依存症候群」であるという事柄をつい最近になって知った。

 

文化依存症候群というのは、ある地域、民族、文化環境下において発生しやすいとされる精神障害を指す言葉である。昨今においてはわりとメジャーな精神障害も、例えば前述の対人恐怖症や拒食症も、この文化依存症候群の一種だと定義づけられている。

 

余談だが、ぼくはずいぶん昔、ある時期に対人恐怖症の中の一カテゴリーである「笑顔恐怖症」というものに軽くなったことがある。笑顔恐怖症とはなんぞやと言うと、人前で笑おうとすると、頬がぴくぴくと痙攣してしまって、顔がひきつって自然に笑う事が出来なくなるというものである。今思えば、笑いたくもないのに無理をして笑顔を作ろうとし続けていたことが、つまり日本的な対人ルールみたいなものが大きな原因だろうと思う。みんなが笑っているのに笑わないのは失礼にあたるみたいな、アホみたいな日本的礼儀作法である。いまでは、笑いたくない時に無駄に笑うことはなくなったので、笑顔が引きつることはなくなった。ただ、一対一で嫌いなやつと話している時の笑顔は完全に引きつる。でもまあ嫌いなやつなんで、あえて引きつった笑顔が強調されたほうがよろしかろう。つまり対人恐怖症の多くは、日本社会における、誰かに嫌われることを恐れるがゆえの精神障害なのだろう。不特定多数の人間に嫌われることを恐れることがなくなった時、ぼくの笑顔恐怖症はいつの間にか姿を潜めるようになった。

 

余談から抜け出そう。

 

この文化依存症候群の中に「ウェンディゴ」(Wendigo)というものがある。

 

これは、北アメリカ及びカナダのオジブワ族やアルゴンキン語族系の先住民族など、ごく限定された部族にのみ見られる文化依存症候群の中のひとつで、「ウェンディゴ症候群」とか「ウェンディゴ憑き」とか呼ばれる。後者の名称からもわかるように、これは日本における憑物のようなものだと考えられている。ウェンディゴに憑かれた者の症状だということである。

 

このウェンディゴとは、先住民族間で伝わる精霊の名前で、その容姿などについては諸説あり、基本的には人間の目で捉えることは出来ないとされているが、一部では鹿のような大きな角を持った巨大な怪物だとも言われている。

 

イギリスの作家アルジャーノン・ブラックウッド(Algernon Blackwood)が『ウェンディゴ』(Wendigo)という作品を書いている他、アメリカ合衆国の作家オーガスト・ダーレス(August Derleth)の『風に乗りて歩むもの』(The Thing That Walked on the Wind)に登場するイタカ(Ithaqua)という神は、ご存知「クトゥルフ神話」の中ではウェンディゴと同一視されているようである。ちなみにダーレスは同作品を書くにあたってブラックウッドの『ウェンディゴ』を大いに参考にしているらしい。

  

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ウェンディゴ症候群」の症状は、簡単に言うと極寒地帯における冬季の鬱状態と栄養不足から起こる精神障害である。伝説の精霊ウェンディゴに取り憑かれたとう脅迫感があるといい、次第に周囲の人間が食料に見えてきて人肉を欲し、時には人を殺して食らうこともあり、部族間で処刑されるか、あるいはその極限に至る前に自殺するケースもあるという。

 

基本的な治療方法はビタミンの豊富な動物性の脂肪を摂取することで、熊などの脂肪をコップ一杯ほど飲ませることであっさり治るらしい。とは言え、極寒地帯の冬季における動物性の脂肪は貴重なものであろうから、現実的なことで言えば脂肪摂取の目が、野生の感覚として周囲の同種族である人間に向かってしまうのかもしれない。

 

 

前置きが長くなっちまった。

 

さて今回は、このウェンディゴをテーマにしたホラー映画を取り上げたい。

 

ギレルモ・デル・トロ(Guillermo del Toro)のプロデュース、そしてスコット・クーパー(Scott Cooper)監督による『アントラーズ』(Antlers)である。

 

 

このタイトルでもある「Antlers」というのは、シカ科の哺乳類にみられる枝角のことである。

簡単なあらすじはと言うと、とあるオレゴン州の町に暮らす少年が抱える暗い秘密の物語らしい。

 

そしてこの作品は、ニック・アントスカ(Nick Antosca)によるショートストーリー『ザ・クワイエット・ボーイ』(The Quiet Boy)をベースとして制作されており、アントスカは脚本にも参加している。この原作の全文(たぶん全文)が以下で読めるので、興味のある人は読んだほうがよいと思う、ぼくも後で読む。

 

 

出演は、中学校の教師ジュリア・メドウズ(Julia Meadows)役のケリー・リン・ラッセル(Keri Lynn Russell)、彼女の弟で町の保安官ポール・メドウズ(Paul Meadows)役のジェシー・ロン・プレモンス(Jesse Lon Plemons)、ジェシー・プレモンスは、ぼくはわりと好きな俳優である。

 

そして闇を抱える少年ルーカス・ウィーバー(Lucas Weaver)役をジェレミー・T・トーマス(Jeremy T. Thomas)が演じている。

 

あとグラハム・グリーン(Graham Greene)も出てるよ。

 

とまあ、そんなわけで、最後にトレーラーとか映像とか。

 

まずはComic-Con@Home 2020のパネルディスカッション、ギレルモ・デル・トロスコット・クーパーによる制作の裏側のお話。進行は、Collider.comのスティーブン・ワイントローブ(Steven Weintraub)。ディスカッションなんで結構長い映像で、46分くらいある。

 

 

上記の映像がちょっとなげーよ!という方は、制作陣のコメント付きトレーラーをどうぞ。

 

 

そして最後に、基本のオフィシャルトレーラー。

 

 

 本作品の公開は2021年2月19日だそうだよ。