ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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頭のおかしい土曜日に食べる出来合いのポテトサラダと、クレイジー・サタデー・ナイト・フォーエヴァー日記。

自分が頭がおかしいって思ったこと、あるかな?

 

もちろん、そういう人はたくさんいるに違いなけれど、もうちょっと深く突っ込んで、例えば自分で制御出来るレベルなのか、あるいはそうではないのか、とか。

 

ただそのあたりの自己判断はまったくもって難しいし、そして、もし専門の医師に診断されていたとしても、それも本質的な判断基準としてはまったくもってあてにならない。

 

“頭がおかしい”なんて状況は、もう完全に七色の霧が世界や宇宙や銀河を舞っている状態で、言い換えれば頭がおかしいとか、おかしくないとか、その論点はまったくの無意味だと、この頃思う。

 

目の前の机の上にリンゴがあるのか、あるいはリンゴはないのか。

 

そのリンゴが木から落ちてきたのか、母親が買ってきたのか、自分がスーパーマーケットで盗んできたのか、リンゴは遥か昔から机の上にずっとあったのか。

 

机の上の果物は本当にリンゴなのか、リンゴは木から落ちてくるものなのか、自分に母親はいるのか、盗みとはどのような範囲の行為なのか、そもそもリンゴなんてものが存在するのか。

 

リンゴってなんだ?

 

大学時代に何かの飲み会で友だちと話していて、「ターミネーターに出てくるカイル・リースみたいな人、本当は世界には溢れていると思う。」という話題になったことがある。

 

つまり、未来から「過去の出来事を変えるために」来たと言って犯罪めいた行為を犯し、警察に逮捕されるものの言い分はまったく相手にされない、精神異常だと判断されているケースということ。すっごい先の未来でタイムトラベルが可能になるなら当然あり得る話だ、ということ。小難しい科学理論は知らないけどさ。

 

幽霊を見たんだ、UFOを見たんだ、河童を見たんだ 、イエティを見たんだ。

 

たぶんアーノルド・シュワルツェネッガーを実際に見たことがある人よりも、その体験を語る人は圧倒的に多いと思う。

 

頭がおかしいにもいろいろあるだろうけれど、たぶん自分の制御の範囲外にあるのが「おかしい」のだろう。

 

ただ、自分を完璧に制御できている人間なんて、たぶんそっちのほうが不穏分子だと、思う。

 

ちなみに今日は、何百年ぶりに出来合いのジャンクなポテトサラダをスーパーで買ってきて食べているが、

 

クレイジーにクソまじい!

 

頭のおかしいぼくには、実にお似合いだね。

 

 

月白貉