ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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第六章:友人 -『故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実』

前回の話第五章:猿の話 -『故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実』

 

大谷と過ごした日から数日経ったある夜、仕事からの帰宅後、私が近所の弁当屋で買ってきた唐揚げ弁当を食べながらビールを飲んでいると、父から再び私のもとにやはり長文のEメールが送られてきた。そしてそこには、今回の祖父の件に関する信じ難いことが綴られていた。

 

摘発された新興宗教団体と祖父の死との関連性に対する捜査のために事情聴取を受けた父と母に告げられた事実は、大狒山の渓流沿いで発見された祖父のものだと思しき遺体について、頭部に関しては間違いなく祖父のものだということが判明したが、首から下に関しては祖父のものではなく別の人物であり、おそらくは双方の死亡後(祖父ではない方の遺体に関しては発見当時かなり腐敗が進んでいたため死亡推定時刻は大きく異なるらしいが)に簡易的に接合された後に渓流沿いに遺棄されたらしいことが明らかになったというものだった。

 

そのため警察では、祖父と何らかの繋がりがあった宗教団体関係者による祖父を含む複数の殺人及び死体遺棄事件の可能性もあるとして、捜査を進めているようだとも書かれていた。父と母に対する事情聴取に関しては単なる形式的なものであったらしいが、質問内容の半分は祖父のことではなく祖父の家の隣人だった武和という名の老人のことで、警察の捜査によれば祖父の頭部と接合されていたもう片方の遺体に関して、その特異な身体的特徴から判断して武和のものではないのかと現時点では目星がつけられているらしかった。

 

祖父の隣人だった武和は、私も、そして大谷もよく知る人物で、それは彼が私と大谷が通っていた大狒東小学校で当時用務員を務めていたからだった。

 

武和の身長は150センチ弱ほどで日本人男性としてもかなり低く、肌の色は年間を通してひどく日焼けをしているのか浅黒く大小のシミだらけで、当時の年齢は定かではないが髪は白髪交じりのごく短く荒々しい角刈り、体つきは筋肉質で腕も脚も鋼のようにずっしりと頑強なものであり、トータルとしては灰色の無骨な岩石のようなものを連想させたが、その体にはかなり重度の先天的な障害を抱えていたらしく通常ではあまり見られないような特異な身体的特徴を有していた。そしてそれは時として見るものに、恐れや嫌悪感を抱かせるような部類のものだった。そのため小学校の生徒の多くが興味本位と面白半分でこぞって彼に奇妙なアダ名を付けあい、かなり差別的な接し方をしていた。つまり陰で彼の悪口を語ったり、あるいは直接的に罵ったりからかったり、ひどい場合には彼に対して小石を投げつけるような生徒もいた。学校側では生徒たちのそういった行為に対して生徒たちだけではなくその保護者も含め何度となく厳重な注意を促してはいたが、彼への差別的な行為が止み静まることはなかった。

 

ただ私自身と大谷について言えば、武和に対して他の多くの生徒たちと同様な行為に至ったことは一度もなかった。なぜなら彼は祖父の隣人であり、かなり親しいと言ってもよい間柄の友人でもあったからだった。祖父は彼が学校内で差別的な行為を受けていることを知っていたし、さらに子供たちだけに留まらず、その親たちを含む地域の人々の多くが彼に対して通常とは異なった視線を突き刺し、時にはあざ笑ったり忌み嫌って避けるような態度をとっていることも知っていた。

 

私は当時、そしていつも私の傍にいた大谷もだが、祖父から何度となくそのことについて戒められたことをよく覚えている。

 

「大谷くん、もしこいつがな、武和さんと同じようなことをされたらきみはどう感じるだろうか?おまえもだ、もし大谷くんが、武和さんと同じようなことを言われたりされたりしたら、どう思う?」

 

「嫌だよ。」

 

「うん・・・、おれも嫌だ。」

 

「どうしてだ?」

 

「だって、だって友だちだから・・・、」

 

「うん、おれも・・・。」

 

「武和さんは私の大切な友だちだ、知っているよな。だからな、あんなことを言ったりしたりする人間たちには、まったく我慢がならん。なんて傲慢な人間たちなんだとな。ただそれをも通り越して、見ていてそんな人々が哀れに思えてくることもあるよ。彼は他の人たちと体つきが違うかもしれないが、それが一体何だというんだ。ただそれだけのことが一体何だというのか。彼はな、彼は博学で謙虚で静かなる賢者だ、知っているよな。彼はお前たちにいろいろなことを教えてくれたり、優しくしてくれたり、時には誤りを指摘して背筋を正してくれることもあるだろう?大谷くん、きみから見て武和さんはどんな人かな?」

 

「う〜ん・・・、最初はちょっと怖かったけど、爺ちゃんの家に来た時に何度も話をしたりして、学校の先生なんかよりもずっといろんなこと知ってるし、すごい力持ちだし、学校ではそうでもないけどいつも笑ってるし、おれが変なこと言って時々怒られる時はやっぱりすごく怖いけど、でもすぐ許してくれるし、どんな人かって言うと、おれ武和さん、好きだよ。学校でもね、おれ武和さんに会うとちょっとうれしくなるし、挨拶すると、おうっ!って言って手を上げてくれて、それがすごくうれしい。でもそうすると他の奴らは変な目でおれのことを見るけど、あいつらバカだから別にそんなこと気にしないよ。」

 

「そうか。おまえはどうだ、武和さんはどんな人だ?」

 

「うん、おれも好きだよ。どんな人かって言うと、ちょっと爺ちゃんみたいな、人だと思うけど。ちょっと違うけど。」

 

「そうか。私はな、大谷くんのこともおまえのことも、友だちだと思って接しているつもりだ。おまえは孫だが、それとは別にしてな。そして武和さんもお前たちのことを、私と似たような感情を持って接していると、見ていてそう思うことがある。お前たちのことが好きなんだと思うよ。つまり簡単に言えば、友だちだってことだと思う。」

 

「うん、おれ、学校で武和さんに変なこと言ってるやつ見ると、ぶっ飛ばしたくなるよ!」

 

「そうか。そうだな、私も前に同じようなことがあったな。一度彼と一緒に町を歩いていた時に、通りすがりに彼にひどいことを口走った人間がいてな、私は我慢ならなくて怒鳴り飛ばしたことがある。私の友人に無礼なことを言うなと、彼に謝れとな。正直に言えば、ぶっ飛ばしたくなったよ。はっはっはっ、きみと一緒だな。」

 

「うん。」

 

「お前たちは決して、武和さんのことを知りもしないのに、外見だけを見て彼をひどく言うような人間にはならないで欲しい。」

 

「うん、おれそんなことしないよ!」

 

「うん、おれも。」

 

「そうか。」

 

「今度そういうやつがいたら、おれ、ぶっ飛ばしてやるよ!」

 

「はっはっはっ、その気持は私も十分わかるが、ぶっ飛ばすのはなるべく我慢しなさい。ただな、そんな時はその人に言ってやりなさい。彼はおれの友だちだ、とな。」

 

 

 

月白貉