ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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第四章:地下神殿 -『故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実』

前回の話第三章:ミートボール -『故ジュンミン・ウエダとその隣人に関する事実』

 

大谷がその夜語った事柄は、祖父の怪しげな著作をすでに何度となく読み返していた私でさえも、にわかには信じがたいものだった。あるいは事前に祖父の著作の内容を知っていたことがかえって、彼の口から語られた耳を塞ぎたくなるような深い闇に対する混乱と嫌悪感を募らせる結果になったのかも知れない。

 

大谷はまずはじめに、自分のこれから話す内容に関しては三つの要素を含む可能性があることを強調した。それは彼が自身の目で見た事実に関すること、彼が組織内部の人間もしくは関係者から耳にした情報、あるいはその情報元の人間がさらに他者からの伝達などにより得た情報に関すること、そして彼がその二つの事柄から独自に考察し導き出した推測に関することだとし、極力自分の知りえた事実に基づくことを軸に話を簡潔にまとめる努力はするものの、彼が直接関わっている末端以外の事柄に関しては不透明な部分が多すぎるため、複雑に交錯するそれらを一々細かく分類して話す気遣いは出来ないかもしれないと語った。そして今夜彼が私に話したことは、たとえ相手が誰であろうと決して口外しないで欲しいと念入りに何度も付け加えた。

 

もしかすると今後の状況によっては、情報源の公式非公式に関わらず様々なメディアでその一部の情報が公開もしくは漏洩する可能性も皆無ではないが、おそらく今後事実としての情報が公にされることはその内容から考えても非常に低い可能性だと思われ、また現時点では組織上層部そしておそらくは国家機関からのかなり大きな圧力により完全な情報および報道の規制がなされており、多少でもこの事柄に関わった組織内部の人間には、基本的な規則とは別途として厳重な特別守秘義務が負わされているからだと彼は言った。

 

つまりそれが意味することは、大谷はその特別守秘義務に背いて私に話を打ち明けたのであり、事によっては彼が警察官という職務を失うようなことにも、あるいはそれ以上のリスクを負う可能性も考えられた。

 

「今後もしこの件に関して何らかの情報が報道されたとしても、それは事実を隠蔽する情報操作としての嘘だとおれは思うが、おれがこれから話すことにもすでにその情報操作された嘘が混じっている可能性も高いと思う。たかだが巡査部長如きが知り得ることが出来たほどの情報ってことだ。だからそれを踏まえた上で聞いて欲しいが、いずれにせよおれが守秘義務を破るという重大な違反行為をしていることには変わりないけどな・・・」

 

「そうか、申し訳ない・・・。」

 

大谷は少し困ったような笑みを浮かべて首を横に何度か振った後、静かに話し始めた。

 

「まず植田もすでに知っているように、大狒町で活動していたと見られる新興宗教団体と思しき組織の施設に捜査が入り、その代表者とされる外国人男性他国籍不明の男女十数名が署に連行された。これに関しては植田の爺ちゃんの所持品の中にその団体に関連した文書が発見されたことで、爺ちゃんの死因との関係が浮上してきたこと以外に、実はこの団体に関してはかなり前から目が付けられていた可能性が高いらしいんだが、その詳細は不明。そして最初に言ったようにこのことは新聞やテレビなどのメディアでは一切報じられていない。実はこのことを覆い隠すために別件での情報操作としての報道はわずかになされているようだが、宗教団体絡みの件には一切紐付けられてはいない嘘だということだ。おれは当日現場の警備として駆り出されたので施設外部でのことは目にしているが、連行された代表者をはじめとしてほとんどの人間が一見すると日本人ではなかったように思う。後からわかったことだが施設内にいたすべての人間が自身の身元を証明するものを、つまり住所や国籍などが記されたパスポートや免許証の類を一切所持していないことがわかったそうだ。その後の事情聴取の件に関してはおれは知り得ない。考えられるのはもちろん不法入国者ということだが、その情報に関してもおれは詳細を知り得ない。」

 

「おれはずいぶん長い間町から離れてるから知らないけれど、いま大狒町にはそんなに外国人が住んでいるのか?」

 

「ああ、中南米とか中近東、もちろん東南アジアからも、正規に労働者として入国して町やその周辺で働きながら生活している外国人はここ五年ほどで爆発的に増えている。それに比例して今までは見られなかったような派手な手口の犯罪も急増している。建設現場から盗まれたショベルカーで自動販売機やATMを破壊して金を盗むとかね。ただ、今回連行された国籍不明の外国人に関してはおれが実際に目にした身なりや風貌から察するに、これはおれの推測でしかないが、少なくとも町で働きながら通常の生活を送っている人間には到底見えなかった。」

 

「つまり、具体的に言うと?」

 

「代表者含め全員がまったくの全裸だった。おれが目にした時には体に布をかぶせられていたが、正確に言うと施設の中では全裸だったそうだ。そして体中には何かの塗料で様々な色をした入れ墨のような模様が描かれていたらしい。体だけじゃなく顔にもね、顔の部分は一部おれも目にしている。ほとんどの人間が顔の正面部分を黒か朱色に塗り潰していた。よくテレビでさ、南米とかアフリカとかに暮らす原住民族とか少数民族の村を訪れるっていう番組があるだろ、簡単に言うと正にあの手の番組に登場する半裸で体に色を塗った人間のような姿だった。日本で通常の社会生活を営んでいる人間では、どう考えてもありえないということだよ。」

 

大谷はワイングラスに入ったワインに少しだけ口をつけてから、話を続けた。

 

「それが捜査初日におれが目にした光景であり、事実だといって差し支えないと思う。二日目以降の施設内の更なる捜査では、おれは別件のため警備は別な者と交代になった。だからおれが実際に体験したり目にしたことではないという点では事実ではないかもしれないし、実際におれがそのことを聞いた時には同僚にからかわれているのかと思った。だが、県警に設置された捜査本部に入った連絡で署内は一時大混乱に陥ったそうだ。宗教団体の施設で捜査を進めていた最中、施設内で異常な事態が発生し、その場にいた捜査官に多数の死傷者が出たということで、その非常事態収拾のために自衛隊が招集された。あの周辺でその姿を見ることなど皆無だと言える自衛隊の出動によって、いくら情報規制が成されているとは言え、その時周辺住民の多くが何らかの重大な出来事の発生を頭に浮かべたに違いない。警察や交番への問い合わせも普段ではありえない異常な数にのぼっていたことは事実なんだ。」

 

「何があったの?」

 

「ここから話すことはあくまでも関係者に聞いたという同僚が部分的かつ内密に教えてくれたことで・・・、その関係者の先にもまた別の関係者の話が存在するようなものだから、事実かどうかは大凡わからないし、おそらくおまえはこの話を聞いても、おれが冗談を言っているか、あるいは気が狂っているとしか思わないに違いない。それを踏まえた上できいてほしいんだが、でも実は、近隣の住民の間でも似たような話が噂になって出回っているということも、これは事実としてあるらしいんだよ。」

 

「ああ・・・、それで?」

 

「施設内の床の下に隠されていた階段の先に自然洞窟のようなトンネルが存在していて、その先の開けた空間には明らかに人の手が加わった日本とは異なった文化様式を思わせる巨大な神殿のような地下空間があり、その奥に数え切れないほどの人骨がうず高く山のように積み上げられているのが発見されたらしい。」

 

「古墳か何かってこと?」

 

「いや違う、そこで捜査員に多数の死傷者が出たそうだ。やむを得ず発砲したものも数人いたらしい。」

 

「日本の警察官が拳銃使うことって後処理が厄介だからそうそうないって、おまえいつだったか言ってたよな、そこでなにがあったの・・・、武装した宗教団体の人間が他にも隠れていたとか、そういう・・・?」

 

「いや・・・、おれにはどうにも理解できない話なんだが、その神殿のような場所にはやはり外国人のような老人が三人と、巨大な猿が一匹いて・・・、老人たちに焚き付けられた猿が老人たちと同時に捜査員に襲いかかってきた・・・、という話を聞いた。それで何人かの捜査員が死亡したと。」

 

「巨大な猿・・・、まさか、嘘だろ。」

 

「ああ、まさかな・・・。最初に聞いた時には正直吹き出したよ、B級のホラー映画じゃあるまいしと。ただ、猿云々は別にしても、理由や原因は伏せられているが、何らかの捜査中に殉職した人間がいるのは確からしいと聞いた。公式には発表されていないが、どうやらその宗教団体絡みの捜査らしいと。」

 

 

 

月白貉