ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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ユーゴーリム(UGORIM)

私の住む町である噂が囁き出されたのは、もう一年も前のことになる。

 

2018年1月20日からの数日間に、この町の少年が立て続けに三人も行方不明になるという出来事が起こった。行方不明になったのは息子と同じ学校に通う小学三年生で、三人とも息子とは同じクラスだった為、時々近所で見かけると挨拶を交わすことがあり、顔もよく知っていた。ただ息子とは異なるグループに属していたようで息子との接点はあまりなく、私とは顔見知りではあったものの、彼らが私の家に遊びに来るようなことは一度もなかった。

 

近隣の有志による情報収集や捜索、当然警察による捜査も大々的に行われたが、結局一年経った今でも三人の足取りはまったくつかめていないということだった。警察の捜査状況に関してはもちろん部外者には明かされてはいなかったが、この一年間、行方不明になった小学生三人の様々な噂話が町中に溢れかえっていた。

 

「なあマサト、このメモはおまえが書いたの?」

 

「えっ?」

 

「この、アルファベット、ユー・ジー・オー・アール・アイ・エム、なんて読むんだろう、ウーゴー、ウゴリムかな、冷蔵庫に貼ってあるこのメモだよ。」

 

「あっ、それユーゴーリムだよ。」

 

ユーゴーリムか、そっか、で、これおまえが書いたのか、これなんだ?」

 

「アプリだよ、ママのiPhoneに入れてもらおうと思って。」

 

「ふ〜ん、何をするアプリ?ゲーム?」

 

「えっとねえ、アカゴリが言ってたんだけど、新しいメーラーだって。」

 

「ふ〜ん、でもサチコのiPhoneはデフォルトのメーラー使ってるみたいだし、それにママそういう新しいのとか嫌いだから、入れないんじゃないのかな。お前、アカゴリとは仲悪いんじゃなかったっけ?」

 

「横で聞いてただけだよ、あいつチョ〜声デカイからさ。」

 

「アカゴリはiPhone持ってるのか?」

 

「持ってる、学校にも持ってきてる。」

 

「先生に何か言われないの?」

 

「授業中に使ってて先生に怒られたから、教室にいる時は出さなくなったけどさ。」

 

「小学生にiPhoneなんか持たせる親の気持ちが、パパにはよくわからないよ。」

 

「だからぼくには買ってくれないんでしょ?」

 

「そうだな、ああいうものは自分でお金稼いで買えるようになったら持てばいいし、持つ必要性がなければ、持たなくてもいいとパパは思ってる。」

 

「パパはiPhone持ってないもんね。」

 

「ああ、通話だけ出来るやつで十分だもん。」

 

「パパ、聞いてくれる?」

 

「なんだ?」

 

ユーゴーリムの噂のこと。」

 

「噂?そのアプリには何か噂があるのか。」

 

「聞いてくれる?」

 

「いいよ。」

 

マサトはしばらく黙り込んで、まるで意識がどこか別な場所に飛んでいってしまったようにして私の瞳の奥の方をどんよりとした視線でじっと見つめていたが、ふと我に返ると奇妙なことを話しだした。

 

「キムラとツカッチとタカハナが・・・、行方不明になったでしょ。まだ見つからないし、帰ってこないでしょ。あの三人もiPhone持ってて、ユーゴーリムを使ってたって、」

 

「三人はそのアプリでメールをやり取りしてたってこと?」

 

「違うんだよ、ユーゴーリムはこっち側にいる人とのメールに使うんじゃないんだよ。向こう側の、ウォールの中の人たちとメールするんだって、」

 

「ウォール?ああ、そういう設定で擬似的に、その、向こう側の人っていうのとメールしてコミュニケーションを取ったりすることが出来るっていう、そういうゲームってこと?」

 

「ううん、ちがうよ、ゲームじゃないよ、本当にウォールっていう場所があって、そこにいる人とメール出来るんだよ。パパ余計なこと言わないで最後まで聞いてよ!」

 

「ごめんごめん、続きをどうぞ。」

 

「それでさ、噂っていうのは、あの三人はユーゴーリムでメールしてた相手にウォールの中に連れて行かれたって、何度かメールしてウォールにいる人と仲良くなると、相手がウォールの入り口を教えてくれるんだって、全部は教えてくれないけど、ヒントを教えてくれて、探してみろって言ってくるんだってさ。」

 

「へえ、それで。」

 

「あの三人と仲良かったチミーに聞いたんだけど、三人は別々にメールしてた相手から教えてもらったヒントを組み合わせて、ウォールの場所を見つけたってチミーに話してたって、その場所に行ってみるって、いなくなる少し前にそう言ってたって、ぼく聞いたんだよ。」

 

「なあ・・・、マサト、その話は、クラスのみんなが知ってるのか?」

 

「ん〜、たぶん知らないと思う。チミーだけが知ってる話だと思う。」

 

「でもアカゴリは、そのアプリのことを大声でみんなの前で言ってたんだろ?」

 

「うん、言ってたけど、あいつ使ってるって言ってたけど、たぶん嘘だと思うって、チミーが言ってた。あいつ画面見せないしって。三人とチミーがユーゴーリムの話をしてるのをこっそり聞いてて、それでアカゴリも羨ましくなって知ってるみたいに言ってるって、でもアカゴリはアプリの名前とメーラーだってことくらいしか知らないっぽいって、情報不足だって、ある条件をクリアしないとユーゴーリムはiPhoneには入れられないけど、アカゴリはそのことは知らないから、使ってないはずだって、チミーが言ってた。」

 

「マサト、その話は誰か他の人にしたのか、ママとか?」

 

「してない。」

 

「チミーは、その話をお前以外の誰かにしたのかな、例えばチミーの両親とか?」

 

「わかんないけど、ぼくにしかしてないって言ってた。」

 

「アカゴリが口にしてるから、ユーゴーリムってアプリの名前は、マサトのクラスの中に知ってる人がたくさんいるんだよな?」

 

「うん。でもアカゴリ嫌われてるから、嘘ばっか言うし、だからたくさんかどうかはわからない。だけどもう、ユーゴーリムって名前は、他のクラスとか、別なところにも伝わってるかもだけど・・・、でも、あんまり学校じゃあその話は聞かないし・・・。」

 

「先生は?」

 

「たぶん、知らないと思う。」

 

「三人がいなくなった後さあ、三人と仲良かったクラスの友だちは警察に少し質問されただろ、チミーはされなかったのかな?」

 

「されたって言ってた。」

 

「チミーはその時、ユーゴーリムの話を警察の人にしたのかな?」

 

「ん〜、それはよく知らないけど、してないんじゃないのかな。」

 

「そうか・・・、たぶんしてないのかもな。そのアプリさあ、例えばネットで調べたら情報が出てくるのか?」

 

「この前、パパのパソコンで調べたけど、検索ではまったく出てこなかった。だからママに言ってiPhoneに入れてもらおうかと思って・・・。」

 

「そうか・・・、とりあえず、その話をママにするのはちょっとストップな。あの冷蔵庫のメモもすぐ剥がしなさい。それと、他の人にも、ひとまず今は話すのはダメな、わかった?」

 

「うん・・・、わかった。」

 

「それで、チミーは、もっといろいろ知ってるのかな?マサトはチミーから、その三人とアプリの話をもっと他にも聞いてるのかな?もし知ってるなら、パパに全部教えてくれるかな?」

 

「うん・・・。えっとあとは・・・、ウォールっていうのは見えない壁に囲まれた世界で、ひとつじゃなくて色んな場所にあって、いなくなった三人がメールしてたのは、みんな別々のウォールにいる人だったらしいって、三人のメールを見比べたけど、内容とか文章とか、書き方もぜんぜん違うんだって。でもね、みんなウォールの場所のヒントを教えてくれて、もし場所がわかって、それが正解なら、ウォールの中に招待してすごいプレゼントをあげるからって言ってたらしい。」

 

「じゃあ、それで三人は、メールで聞いたヒントからその場所を見つけたってことなんだな。」

 

「うん。」

 

「三人はさ、みんな一緒にいなくなったわけじゃないって、パパそういう風に聞いたけど、そのウォールって場所に三人一緒に行ったわけじゃないのかな?チミーは行かなかったのかな?」

 

「それはルール違反だって、本当はね、メールの内容は誰かに話しちゃいけないって言われてたって、それは三人みんな言われてたって、もし他にもユーゴーリムを使ってウォールの中の人とメールしてる人がいたとしても、お互いのメールの内容は絶対に秘密にしなきゃいけないんだって。もしメールを誰かに見せたり、内容を話したりしたら・・・、」

 

「話したりしたら?」

 

「チミーに聞いてもさ、怖がってちゃんと言わなかったけど、ルール違反をしたらすごい怖い思いをするぞってことを、みんな言われたって、それはみんな同じだって・・・。」

 

「もしかして、チミーは三人と一緒にその、ウォールって場所の入口に行ったのかな・・・?」

 

「うん、行ったっぽい。」

 

「じゃあ何かそこで、見たんだね・・・?」

 

「うん・・・、もうたぶん三人は死んでるかもって・・・、穴から、穴から出てきたデカい虫みたいなものに、タカハナが首切られて、首が地面に落ちて・・・、血が吹き出るのを・・・見たって、ホントかどうか知らないけど・・・。」

 

マサトは突然凍りついたようにして、言葉を放った口を開け広げたまま身を固まらせて私の顔をじっと凝視している。

 

「マサト、この話まさか、ママとグルになった嘘じゃないよな?」

 

「嘘なんかじゃない・・・、全部チミーから聞いたことだよ。チミーが嘘、嘘言ってるならわかんないけど、チミー、泣きそうな顔してたし、本当だと思うけど・・・。それでね・・・、まだあるんだ、まだ・・・、他の二人は、穴から出てきた真っ黒い虫みたいなものに穴の中に連れて行かれたって、だからもしかしたら、ユーゴーリム使えば連絡が取れるかも知れないからって、チミーが・・・、だからママに言おうと思って・・・。」

 

タカハナは・・・、どうしたんだ?」

 

「・・・うん、虫に食べられたって・・・、言ってた。」

 

「おいおい・・・、マサト・・・、ちょ、ちょっと待ってくれよ。チミーはさ、どこか病院とか行ってたりするのか?」

 

「病院って?」

 

「いや、普通に学校に来て、毎日みんなと一緒に授業を受けてるのかなあと思ってさ・・・。」

 

「うん、いつも学校にいるよ。」

 

「そっか・・・、わかった。おまえの話は・・・、そのユーゴーリムってアプリの噂の話は、だいたい・・・、わかったけど、ちょっとそれパパに預けてくれ、ママに相談するから。」

 

「預ける?」

 

「いや、うん、パパがもう少しネットとかで調べてみるから、マサトはその話は誰かにしないようにしてくれないかな、パパが調べ終わるまでさ。」

 

「うん、いいよ、わかった。」

 

参考文献:

終焉の町からの手紙

見えない壁に覆われた町からの手紙

死の壁に覆われた町からの短い手紙

 

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月白貉