ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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鬼の屍

こんな夢を見た。

 

「神狩さん、私、一緒に付いていってもいいですか?」

 

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とあるパン製造の会社でアルバイトを始めたぼくは、会社の社員旅行で九州の宮崎県に来ている。

 

ぼくの部署の上長に旅行の誘いを受けた際にぼくは、自分が社員ではなくアルバイトであることと、現在まったくお金がなく旅行に参加する費用が出せないことを理由に、はじめはその誘いを断った。

 

「いやいや、うちは社員もアルバイトも区別して考えてはいないし、それは単に個人の働き方の状況や選択の違いだけだからさ。アルバイトでもぜひ参加してほしいんだよ。それにね、旅行の費用はすべて会社持ちだし、自分で買うおみやげ以外は自己負担はないんだよ。さらにもしおみやげを買うとしたってね、会社から旅行時のお小遣いとしてひとり一万円が支給されるんだよ。三泊四日の旅行で一万円もお小遣いがあれば、十分でしょ。だから神狩くん、ぜひ参加してよ。」

 

正直に言えば、ぼくがその社員旅行を断った大きな理由は純粋に、あまり気心の知れていない大勢の人たちと行動を共にすることが嫌だったからなのだ。そのためにアルバイトのことや費用のことを口実として設けてはみたものの、それは脆くもあっけなく打ち崩されてしまった。

 

ただぼくは、最後の足掻きとしてその時上長に、正直に旅行に行きたくない理由を話してみることにした。すると上長は、なんだか菩薩のような笑みを浮かべて何度か頷いた。

 

「たぶん、そうなんだろうと思った。だからね、そんなきみのために、もう一つだけ重要な情報を提供しようじゃないか。うちはね、社員旅行とは言っても、別に社員同士の交流が云々だとか、会社の結束を強めるだとかっていう目的は一切なくてさ、単にうちで働いてくれている個々への社長からのプレゼントだと考えているんだよ。まあ旅行なんて形にしちゃうと、やや一方的な押し付けにもなりかねない側面はあるけれど、まあそれはさておいてもさ、そういう風だから、旅行中の行動は個々が選択出来るんだ。もちろん、中には社員旅行なんだから皆でワイワイ騒ぎながら観光して、夜も皆で宴会をしてっていう希望を持っている人もいる。そういう人は事前に要望を聞き入れておいて、その考えに賛同する人たちで予定を立てて、一緒に行動をしてもらう。でも、そういうことにはあまり興味がなくて、個人で観光して、食事も静かにとりたいっていう人だっているからね、そういう人は無理に団体で行動しなくてもいいし、宴会にも出席する必要はない。ただ旅行の大枠の行き先とか、あるいは宿泊先とかは、残念ながらうちの方で決めてしまうし、行き帰りは団体のバスを利用するから、まったくの自由ってことではないけれどね。でも、もし神狩くんが、そういう理由で旅行に行きたくないのであれば、この条件ならその気持も変わるんじゃないかな?補足すると今回の旅行の行き先は九州の宮崎県で、社長の希望で天岩戸伝説をコンセプトにした旅にしたいそうだよ。ちなみにだけれど、社長も本音は団体行動が嫌いな人でね、ははははは、よく社長なんて仕事をやってると思うけれど。だから毎年の社員旅行でも、社長はずっと個人行動だし、まあ流石に宴会チームの乾杯だけは音頭をとりに来るけれど、宴会には参加せずにひとりで食事をしているよ。どうかな神狩くん、それでも参加するのは無理だろうか?」

 

その話を聞いたぼくは結局、その社員旅行に参加することにした。

 

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旅行二日目、朝早くから目的の神社に向かうためにホテルのロビーを出たところで、他部署で働いているやはりアルバイトの若い女性がぼくに声を掛けてきた。業務の都合上、ぼくは毎日その女性に書類を渡しに行かなければならなかったので顔はよく知っていたが、彼女とは挨拶程度しか言葉を交わしたことはなかった。

 

「神狩さん、きょう個人行動ですよね?あたしもそうなんだけど、なんだかどこに行っていいかわからなくて、あの・・・、もし迷惑じゃなければ、一緒に連れて行ってもらえないかなと思って、ダメですか?」

 

「えっ、いや・・・、ダメではないけれど、きみの部署、他にも同年代の女の子とかたくさんいるじゃない、ははは・・・、なんでおれと一緒に?」

 

「他の女の子たちに付いていっても、あんまり面白そうじゃないし、でも私まだこの仕事始めたばかりだし、他の部署で顔知ってるの神狩さんぐらいだったから。それに神狩さんもこの会社に入ったの最近ですよね、ただそれだけです。あっ!えっと、別に変なストーカーみたいなことじゃないし、嫌だったら断ってください!ただ、もしよければ、と思って・・・。」

 

「そっか、いや、来るのはもちろん構わないけど。だけど、おれ、観光地みたいなところには、行かないよ。だからまったく面白くはないかもしれないけれど・・・、それで大丈夫?」

 

「はいっ!大丈夫です、なんか直感的に、神狩さん面白いところ、いやみんなが面白いと思うような場所じゃないところに、行きそうだったから。」

 

そしてぼくはその日、吉田緑と行動を共にすることになった。

 

彼女は現在28歳、これまではイラストレーターとして幾つかの会社を転々としていたそうだが、なかなか職場環境に恵まれずに、前職のゲーム会社での精神的なストレスが原因で軽い鬱病のような状態に陥り、しばらく休職をしていたということだった。しかし親元を離れて一人で暮らしているためいつまでも蓄えが続くわけでもなく、致し方なくこのパン製造の会社にアルバイトとして入社したということだった。

 

ぼくと吉田緑以外には誰も乗っていないバスの中で、彼女はペットボトルの緑茶を静かに喉に流し込みながら、ぼくの方には顔を向けずになぜか内緒話でもするように声を潜めて呟いた。

 

「今日、これからどこに行くんですか?」

 

「うん、この地域にある小さな神社に行こうと思ってるんだよ。」

 

「何かで有名な神社なんですか?」

 

「有名かどうかはわからない。地元の人は、例えば氏子になっている人は行くだろうけれど、わざわざ遠方から訪れる人がいるかどうかは、わからないな。」

 

「ウジコってなんですか?」

 

「ああ、氏子っていうのは、簡単に言えばその神社の神様を信仰して祀っている人たちだよ。」

 

「へ〜、神狩さんはその神社のウジコってわけじゃないんですよね?その神社に行く目的ってなんかあるんですか?」

 

「その神社にね、鬼のミイラが祀られているらしくて、それを見に行こうと思ってる。事前に連絡してないから、実物を見られるかどうかはわからないし、その情報が確かなものなのかもちょっと危ういんだけどね。」

 

「鬼のミイラっ!あ〜、いいですねえ、私そういうの好きです。やっぱ神狩グループに付いてくるっていう選択は正解だったなあ!」

 

吉田緑が車内でやけに大声を上げたので、運転手がバックミラー越しに見開いた目を向ける。

 

「神狩グループね・・・、ははは、二人だけだけど・・・。」

 

「鬼のミイラがあるって話、よく聞くじゃないですか?あれ、本物なんですか?」

 

「いや〜、ほぼ偽物だと思うよ。ああいう架空だと言われている生物のミイラって、きみが言ったように話によく聞くよね。例えば河童のミイラとか人魚のミイラとか、あとは龍のミイラとか。」

 

「はいはい!聞きますね、テレビとかネットとかでは、見たことあります!」

 

「日本国内でも、そういうものが神社とか寺院にさ、社宝とか寺宝っていう名目で置かれていることがあるけど、おそらくそのほとんどが偽物だと言われてて、まあ物によっちゃあ見た目ですぐに偽物だとわかるものもあるし、ちょっと調べれば偽物だと証明することは容易いはずなんだけど、そういう偽物扱いさせないための社宝や寺宝っていう名目かもしれないよね。つまり手出しするとバチが当たるとか、祟りがあるって言われているものなんかもあるしさ。」

 

「へ〜、でもあれって、偽物だとして、何のためにあるんですか?神社とか寺にあるっていうことは、仏像みたいなことですか?」

 

「江戸時代に、ちょうど鎖国している頃かな、一部交易のあった外国に向けた土産物みたいな感じで作られていたって言う話をよく聞くよね。だから日本国内以外にも、オランダとかポルトガルとかにも、日本の鬼だとか人魚のミイラだと言われるものが博物館に所蔵されているケースがあるらしいよ。だから当時は、仏像みたいな信仰の対象物ではなかったんじゃないのかと思うけれど、後になってから、神社や寺が譲り受けたそういうものにいろいろな話が付加されていって、一部では仏像に近いような信仰の対象物になっているのかもね。」

 

「へ〜。」

 

「でもあの手の偽物のミイラってさ、動物の体をつなぎ合わせて作っているらしいから、例えば犬と猿とか鮭とかね・・・、そういうものが神社での信仰の対象になっているって、よく考えるとなんか呪術的な感じで禍々しいというか・・・、怖いよね。だからそういった意味では、結局それが鬼というものであり、河童というものなのかもしれないけれどさ。」

 

「じゃあ、これから行く神社にあるかもしれない鬼のミイラも、ぶっちゃけ偽物ってことですよね。」

 

「実はそれがね・・・、あっ、次で降りなきゃだから、話の続きはバス降りてからにしよう。」

 

「はいっ!」

 

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月白貉