ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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第十五章(終章)- 黒い町

前回の話第十四章 - 肉食

 

「あるいは、婆様も人を喰らっているのかもしれん。」

 

「人を・・・って・・・、その、中身をってことですか?」

 

猿神はその問いに対してしばらくの間何も答えず黙り込んでいた。

 

「おまえが自分で聞いてみればよかろう。先ほどの揺れの後の気配からして、大方ことは済んでいるはずだ。いまは深追いはせんということ、かも知れんが、程なくして、ここに戻ってくる。」

 

「爺ちゃんもっ!?ふたりともですかっ!?」

 

「あの場にいた者共など、あの爺様と婆様にしてみたら物の数ではない。わざわざ坊主に追手を駆けさせたのは、遊び程度のものだ。」

 

「えっ・・・、」

 

「婆様はおまえがどれだけ出来るのかを見たかったのだろう。すなわち、わしは坊主の目付けのようなもの、くだらんことに付き合わされたものだ。」

 

「つまり、ぼくは・・・、」

 

「あの場所にはな、様子からして、穴向こうの者に取り込まれた人間どもが山ほど闇に潜んでいた。そこかしこから嫌というほど臭っていたわ。ただもしあそこに、わしらを追ってきたおまえの追手と、先回りしていた奴程度の者共が数十いたところで、婆様なら一捻りで済むことだろう。まあ雑魚狩りはおまえの爺様の役どころだろうが。おまえがむざむざ囮になって、あの場からひとりやふたりの気をそらせたところで、はっはっはっ。」

 

「・・・、そうか・・・、そうですよね・・・、そうだよなあ、おかしいと思ったんだよ・・・、」

 

「いい気晴らしにでもなっただろう。」

 

「気晴らし・・・、あの短い間に、いったい何度、マジで死ぬかと思ったか・・・、」

 

「そうか、死ぬかと思ったか、はっはっはっ、それだけでも儲けものだな。」

 

猿神の笑い声はやけに軽快だった。

 

「さてと、与太話はこれで終いだ。わしはしばらく眠る。坊主はそこで、黙って待て。」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい、眠るって、後ろの人たち大丈夫なんですかっ!?」

 

「気にするな、わしがここにいれば手出しはせん。それに坊主、おまえ、もはやこの闇の中など物ともしておらんだろう、大した坊主だ。」

 

白猫が座ったままゆっくりと目を閉じると、周囲の温度がわずかに上昇したように感じた。闇の奥の明かりを取り囲む三人は、依然として何かヒソヒソとした囁きで話し合っているようだったが、その声はぼくの耳には一切届かなかった。

 

ーーーーーーー

 

2017年9月26日火曜日、ぼくはその日、何事もなかったようにして学校に登校した。

 

教室にある塩田の使っていた机の上には、真っ白い花瓶にいれられた黄色い花が置かれていた。授業中にふと窓から外を眺めると、涼し気な空気を疎むようにして振り返った太陽の視線がめっぽう眩しかった。

 

学校内では、前日の夜に南黒町団地で起こった原因不明の爆発がもっぱらの話題となっていたが、ぼくはその話題の輪の中に、一切足を踏み入れることはなかった。

 

結局ぼくはあの後、神社の社の中で急激な睡魔に襲われそのまま眠りに落ちてしまい、気が付いた時にはもう夜明け間近で、自宅のベッドで服を着たまま布団も掛けずに横になっていた。それからしばらく、空が白み始めるまでほとんど身動きもせず、ベッドの上から窓の外の暗闇の先を見つめていた。

 

そして太陽の光が夜の闇の色を塗り替え出した頃、ぼくは祖父の家に走っていた。

 

祖父の家にたどり着いたぼくは、玄関にあるインターフォンのチャイムを何度も何度も鳴らし、扉を拳で叩いて祖父のことを呼んだ。しかし祖父は出てこなかった。もちろん玄関には鍵がかかっていて中に入ることは出来なかった。あるいはもしかしたら、祖父は疲れ果てて眠っているだけかもしれなかったが、ぼくにはなぜか祖父はここにはいないのだという確信めいた思いが浮かんでいた。

 

学校から帰宅すると、自宅の台所のテーブルの上にぼくに宛てた祖父からの置き手紙があった。

 

「母さん!爺ちゃんここに来たのっ!?」

 

「ええ、あなたが学校に行ったすぐ後に来たわよ。なんだかすごく背の高い黒尽くめのお婆さんと一緒にね。誰かのお葬式にでも行くのかしらね。それと、しばらく家を空けるから、その間よろしくって。そこにほら、机の上にあなた宛の手紙があるから、読んでみたら。」

 

白兎へ

 

昨夜は大変な思いをさせたな。おまえの助けがあったから、ひとまず何とか団地のことは始末を付けることが出来た。けれど塩田くんの家族のことは残念だった。それだけは心残りだ。改めておまえにはすまなかった。

 

私はしばらく家を空ける。しばらくと言ってもちょっとした野暮用でラゴちゃんに付き合うだけだから、長くても一週間ほどだろう。彼女からもおまえに手紙があるそうだが、それは私の家の台所に置いてある。鍵を同封しておくから、家にあがって見てみるといい。あの人のことだから、手紙なんて呼べないような一言二言の書き置きだろうけれど。

 

あともしかしたら、家の中に猫が一匹入っているかもしれない。おまえもよく知っているはずの白猫だ。勝手口にある昔飼っていたエジソンの出入口を教えておいた。まあもしいれば、仲良くやってくれ。

 

打ち上げの寿司パーティーは、戻ってからラゴちゃんが豪盛にやるそうだ。楽しみにな。

 

では、また戻る日まで。

助太刀ありがとう、感謝している。

 

鹿狩半三

 

p.s.ラゴちゃんからも、手紙とは別にな、「なかなかやるね」だとさ。

 

ーーーーーーーーーー

 

ぼくはその手紙と祖父の家の鍵を握りしめてすぐに自宅を飛び出すと、夕闇が背後から圧倒的に迫ってくるピンク色をした町の中を、祖父の家に向けて全速力で駆け抜けた。

 

その闇はほどなく当たり前のようにして、この町をまた黒く包み込むだろう。

 

to be continued, maybe...?

 

第十五章(終章)-  黒い町

 

 

 

月白貉