ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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2017年夏を締め括る、本当に恐いヨーグルトなブルガリア日記。

昨晩、いつもと同じように台所の窓を開け放って夕食の準備をしていたのだけれど、やけに風が涼しかった。いや、涼しいのを通り越してちょっと寒いくらいであった。水道の水がぬるま湯に感じてしまうくらいに体が冷え切ってしまった。

 

ただ冷たかったのは風ではなくて、何か目に見えぬ悍ましいものが家に入り込んでしまった為に、空気が冷え切っていたのかもしれない。

 

さて同じ昨日、その夕食準備よりも少し時間を遡る話だが、やけに不気味なものを目撃した。

 

ぼくがほぼ毎日通る道沿いに、廃屋と化した古い木造の家が建っている場所がある。確かな築年数は分からないが、窓ガラスの様子から察するに昭和初期の面影を漂わせている。ただおそらく人が住まなくなって久しいようで外観も内部もボロボロに荒れ果てていて、もはや崩れかけている。そして鉄製の門の中に広がる庭は混沌たるゴミ置き場のようになっている。

 

しかし昨日、夕暮れ時にその廃屋の前を通りかかると、窓ガラスが割れて半分むき出しになっている二階の部屋の奥に薄明かりが灯っていて、中からテレビかラジオのような音が微かに響いてきていた。てっきりもう人など住んでいないと思っていたものだから、その時点でちょっとゾッとしてしまった。

 

ただ、廃墟のような家でも意外と人が住んでいるというケースは、多く存在するのかもしれない。見た目に騙されてはいけない。窓ガラスが割れていようが、玄関がゴミで埋まっているようなゴミ屋敷だろうが、人が住んでいることも結構あるだろう。

 

そんなことを考えながら、その廃屋だと思っていた家の前で、二階の窓を見上げながらちょっと立ち止まっていると、不意に電気が消えて、同時にテレビかラジオのような音も掻き消えてしまった。その瞬間、やけに嫌な雰囲気が、いや雰囲気というかその家の二階の何処かから強い視線のようなものを感じたのである。ただ見る限りでは、例えば窓ガラスの脇から誰かが覗いているという様子は伺えない。

 

けれど何か嫌な予感がゾワゾワと漂ってきて、両腕に鳥肌まで立ってしまったので、ふと我に返ってその場を立ち去ろうとした。

 

すると、その家の玄関先の、道路沿いにある錆びた鉄製の門の脇の地べたに、よくスーパーマーケットで見かけるブルガリアヨーグルトのパックが不自然に置いてあることに気が付いた。蓋は取り去られていて、中にやや崩れたヨーグルトが入っている。ただその見た目が、なんだったらつい数分前にでもに置かれたようにやけに真新しいのである。

 

ついついそのヨーグルトのパックに見入っていると、二階の窓ガラスのあたりにササッと影がよぎったような気がして、再びフッと二階に目を向けてみるのだが、人影はない。嫌な予感は先ほどよりも強くなっているし、刻一刻と日が落ちてゆく。

 

もう立ち去ろうと思うのだけれど、なぜかヨーグルトのパックの中身が気になってしまって仕方がなく、ちょっと近寄って顔を近付けて恐る恐る覗き込んでみた。

 

すると、そのヨーグルトの中から、鼻先の尖った毛のないブヨブヨした小さなネズミがヨーグルトまみれで這い出してきたので、思わず「うわあああっ!」と声を上げてその場からダッシュで走り去ってしまった。

 

少なくとも50メートルはダッシュしたと思う。

 

そしておそらく、2017年の今夏において、それが唯一の恐怖体験と呼べるものである。久しぶりに本格的な男性的悲鳴をあげてしまったくらいであるから。

 

廃屋だと思っていた家の中の人の気配よりも、電気が不意に消えたことよりも、ヨーグルトから這い出してきたヨーグルトまみれのネズミの方が比べ物にならないくらい怖ろしかった。ただ今思えば、ネズミ出現に達するまでの、前置きのシチュエーションありきの恐怖かもしれない。

 

そしてさらに、今朝方ジョギングの帰りにその廃屋の、いや廃屋じゃないかもしれないけれど、その前を通りかかったのだが、ブルガリアヨーグルトのパックは跡形もなく消え去っていた。

 

廃屋あるいは廃屋らしい家の前にあるブルガリアヨーグルトには、くれぐれもご注意を。

 

2017年夏を締め括る、本当に恐いヨーグルトなブルガリア日記。

 

 

 

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