もう死んでもいいかなあと、そんな風に思う時のビール日記。
肉体としての死の先には、一体何があるのだろうか。まだ続きがあるのだろうか。それとも終わっちゃうのだろうか。
自殺ってものがあって、地域によっては自死とも言っているらしいが、おそらくそのほとんどが、肉体である人間として生きているのが、諸事情あって嫌になっちゃって、死んだらその苦しみがすべてなくなるだろうという前提のもとで、つまり肉体的に死ねばもう何もなくなってしまって完全なる終わりだという前提のものとで、自らの命を断つのだと思う。
でも、例えば自殺を罪だとしている宗教がある。自殺した人間の魂は救われずに、永遠の苦しみに、いわゆる地獄に落ちるだろうというものである。
でもそれが本当かどうかはわからない。
実は肉体の死後は本当に無で、何もないから、死んだ後には誰でも平等に無に帰するのかも知れない。つまり苦しみも消えるのかもしれない。「でも、もしそうなら死んだモン勝ちで、生きて苦しんでるのはバカみたいじゃないか!」っていう多くの人間の妬みから、自分から死ぬのはズルいということで、宗教みたいなものの中に、自殺に対する厳しい罰則的な考え方が組み込まれているのかもしれない。
かつて勤めていた会社の同僚が自殺してしまったことがあった。ただそれは、ぼくがその会社を辞めてしばらくしてからだったのだが、同じ部署だった人から連絡があり、社内で警察の事情聴取が行われたということだった。どんな状況だったのかは定かではない。
ぼくはその会社で、二十数名のチームのマネージャーをしていて、その自殺してしまった人はぼくのチームに所属していたので、頻繁にコミュニケーションを取っていた。その人はいわゆる派遣社員だったのだが、とても能力値の高い人だった。ただ、少しだけ精神的に落ち込んでしまうことがあり、その波の影響で出勤することが困難な日もあったようだった。けれど、ぼくがマネージャーをしていた頃は、その人のそういった側面が顕著に見えることはなかった。ぼくに対しても、よくプライベートなことを話してくれた。
あるいは、ぼくが会社の理不尽なやり方にはまったく迎合しない、そして会社の多くの人々から圧倒的に異端視されていた自由奔放なマネージャーだったから、案外付き合いやすかったのかもしれない。本当のところはわからない。そしてその人がいったいなぜ自殺してしまったのか、ぼくが辞めた後の会社での何かが影響していたのか、あるいはごくプライベートなことだったのか、それとも、それらとはまったく別の理由だったのか、それは不明である。
ぼく自身は、いままで死にたいなあと思ったことはない。
ただ厳密に言えば、「もう死んでもいいかなあ。」と思ったことはある。それはどんな時かと言えば、現時点で自分が最高だと思える快楽の頂点に達した後の時間に、そんな風なことを思うことがある。
例えば、何時間も山歩きをして、その山の頂上に達したら風がものすごく気持ちがよくて、その場所で小一時間、風に吹かれながら当て所無く景色を眺めて、山を下って帰宅してからシャワーを浴びて、ちょっと足なんかマッサージしちゃって、冷蔵庫にあるもので適当な料理を用意して、その料理を机に並べて大好きな映画を流しながら、キンキンに冷やしたビールの一口目を飲んだ後に、「もう死んでもいいかなあ。」と、真剣に思うことがある。
ただその段階で死にたいわけではないので、そのシチュエーションを想定して、ビールを注ぐグラスに事前に致死量の毒を持ったりすることはしない。そんなことをしたら、「もう死んでもいいかなあ」感がぶち壊しである。
だからもしこの文章を読んでいる誰かが、そういうシチュエーションの際に、こっそりぼくのビールグラスに毒を仕込んでおいて、ぼくがその「もう死んでもいいかなあ」感に達した瞬間に死んでしまうというなら、それはそれでありかもしれないが、それはれっきとした他殺である。
人間以外の生き物に、もし厳密に死という感覚があったとして、それを人間のもち得る感覚として表現するなら、どんなものなのだろうか?
きょうも玄関の前は、人間以外の様々な生き物の死体で溢れていた。蝉やらキリギリスやらダンゴムシやら、時には鳥や獣が死んでいることもある。人間の死体が転がっていたことは今まで一度もない。
玄関の前や道路や公園には、日常的に様々な生物の死体が転がっている。でもなぜ、人間の死体だけは、転がっていないのだろうか。インド貧乏旅行をした知り合いに聞いた話によれば、インドはわりと転がっているらしい。
ぼくは別に、自分が死んだ後、他の生き物みたいに転がっててもいいんじゃないかと思うけれど。
死なんてものは、結局そういうものなんじゃないのかと、思うけれど。
じゃあ、もしかしたら死ぬ前の最後に、ビールを一杯。
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月白貉