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ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

封鎖された廃墟公園のコワい噂と、悲鳴を上げる奇妙な薬草の話。

彼女はしかつめらしく魔法書をひらくと、生きた蕪みたいな子どもを大きく立派に育てるためにはどうしたらよいかを、もう一度そこに確認しようとした。

- アヒム・フォン・アルニム『エジプトのイザベラ』 -

 

荒れ果てた場所

 

今年で小学六年生になる幼馴染みの岸本トオルと佐々木カズヤが、1年ほど前から封鎖されて立入禁止になっている西小学校近くのエジプト公園にこっそりと忍び込んだのは、まだ寒さの残る2017年5月の、モクモクとしたホコリだらけの巨大な綿飴みたいな雲が空一面を埋め尽くすある日曜日のことだった。

 

エジプト公園は、随分前から老朽化のために使用されなくなった公営の西町団地に隣接して設けられていた小さな公園で、かつては主に団地の住人に利用されていた場所だったが、団地の閉鎖により日中でもほとんど人影を見ることはなくなり、封鎖後にはまったく管理の行き届いていなかった公園内は子供の腰ほどまである多種多様な雑草に覆われていて、巨大な墓石にでも見えるような廃墟団地と公園の周囲を取り囲む桜の老木の落とす大小様々な影によって、昼間でもかなり薄暗く陰湿な空気を漂わせるような空間に成り果てていた。

 

公園の正式な名前は西町集合公園と名付けられていたが、公園の中央に備え付けられた唯一の遊具であるピラミッド型をしたジャングルジムの存在から、多くの人々の間ではエジプト公園と呼ばれていた。そして、ピラミッド型をした灰色の鈍い光を放つジャングルジムと、敷地内の四方に設けられてそれぞれ四色に彩られた横長の木製ベンチと、公園の入口付近にある男女共同の小さな公衆便所というのが、エジプト公園のすべての施設だった。

 

エジプト公園の噂

 

西町団地が閉鎖された後も、しばらくの間エジプト公園だけは一般に開放されていたのだが、2016年の4月に当時五年生だったトオルとカズヤが、いつのもの日課のごとく学校帰りにエジプト公園に足を運ぶと、簡易的な鉄製のバリケード板のようなものが公園の周囲を取り囲んでいて、公園の入口だった場所に立てられた看板にはやけに角ばった字体で「立入禁止」と書かれていた。

 

トオルとカズヤはそれでも、その日から七日間、毎日二人でエジプト公園に足を向けたが、結局いつになっても公園の封鎖は解かれないままだった。そして七日目の夕方に、二人は立入禁止と書かれた看板に何度も何度も、スーパーヒーローが悪党に浴びせるような強力なキックを御見舞して、その日以来公園に行くのをやめてしまった。

 

「ねえ、お母さん、なんでエジプト公園入れなくなったの?」

 

カズヤはそれからしばらく経ったある日の夕食時に、ふと思い出したようにしてテーブルの向かいに座る母に尋ねてみたが、カズヤの母は右手に持ったビールの注がれたグラスを一瞬中空で止めて、眼球だけをギョロッとあらぬ方に向けてからカズヤの方に視線を戻し、「そろそろ団地が取り壊されるからじゃないのかしらね?」と言ったが、カズヤはその時の母の動きから、彼女が嘘を言っているのだということを即座に認識した。彼女は嘘をつく前や嘘をついた後に、決まって眼球をおかしな方に向けるという致命的な癖を持っていることをカズヤは知っていた。そして、母は確実にエジプト公園封鎖の理由を知っているのだと思った。

 

その次の日の学校帰りに、帰宅途中のトオルとカズヤが西堀川沿いに差し掛かると、近所の見知らぬ中年女性2人が、川縁に自転車を止めて世間話を交わしてるのに出会した。

 

「エジプト公園の犯人は見つかったのかしらね、あたしもうあの辺りを日暮れに通るの怖くてさあ。」

 

トオルとカズヤはその瞬間、申し合わせたかのようにお互いの顔を見合わせ、大口を開けて声を出さずに叫び交わした。そしてトオルは手に持っていたソプラノ・リコーダーでカズヤの後頭部をコンと軽く小突くと、前方に真っ直ぐ伸びるアスファルトの道路を全速力で駆け出した。頭を叩かれたカズヤは、「はあ?なんで叩くわけ!」とやけに楽しそうな声を張り上げながら、やはり手に持っていたソプラノ・リコーダーを孫悟空の持つ如意棒みたいにしてぐるぐると振り回しながらトオルの後を追った。

 

立ち話をしている2人の女性から十分離れたことを確かめるために、走るスピードを落として振り返ったトオルのすぐ後ろには、満面の笑みを浮かべた顔を激しく揺らしながらトオルに追随してくるカズヤの姿があった。そして2人は戦闘機が地上に着陸するかの如くしてザザザーと音を立てて道路に靴裏を滑らせながら停止した。

 

「聞いただろ!犯人ってなんだよ!」

 

「なっ!言ってたよな、エジプト公園の犯人ってな!」

 

その後も興奮冷めやらぬままだった2人は、あちこちに寄り道して立ち止まったり座ったりしてはエジプト公園の話題に花を咲かせ、それぞれが家路につくためのいつもの分かれ道となる田丸屋の前に辿り着く頃には、『エジプト公園の犯人』というタイトルの歌まで作り上げて、道端で大声をあげて歌い合う始末だった。

 

「じゃあねカズチン、バイバイ!」

 

「うん、バイバイ。あっ、トーリーさあ、家帰ったら聞いてみてよ、犯人のこと。おれもお母さんに聞いてみるからさ!」

 

「うん、わかった、おれも聞いてみるよ。なんかわかったら明日教えるよ!」

 

薬草の売人

 

トオルが家の玄関で靴を脱いでいると、ちょうど買い物を終えたトオルの母が玄関のドアを開けて家に入ってきた。彼女は両手に自分が手縫いした緑色の布袋を持っていて、その袋からはおとぎ話の中で雨の日に蛙が傘の代用品としさしていそうな長い茎と巨大な葉を持つ植物が束になって顔を出していた。彼女は袋に入った植物を玄関の床に置くと「あら、おかえりなさい。」と言ってちょっと驚いたような顔を浮かべた。トオルの母は誰かに対しての何かの挨拶の度に、笑顔ではなく軽い驚嘆の表情を浮かべる傾向があった。しかしそれは決して彼女がその瞬間に驚いているわけでもなければ、彼女の生まれながらの習性でもなかった。それは単に彼女の顔の造形に起因するものであり、彼女の誰かに対する好意的な表情が、周囲から見ると驚嘆の表情のように見えるという少し悲しげな理由だった。

 

「その葉っぱ、なんなんの?」

 

「ああこれねえ、フキよ。坂田さんのおばあちゃんに頂いたのよ。庭に山ほど生えるからってねえ。」

 

「フキかあ、あの変な味するやつか。」

 

「あら、変な味なんかしないでしょ、今が旬だからね。今晩キャラブキにするからね。」

 

「あれ、嫌いだよ。」

 

玄関でダラダラとスニーカーの靴紐を解いているトオルの横をサササッと通り過ぎた母は、床をダンダンと踏み鳴らしながら台所に入っていった。「キャラブキ、キャラブキ」と何度も呪文のように呟きながらようやく靴を脱ぎえたトオルは、母の後を追うようにして台所に入ると、テーブルの上にランドセルとソプラ・ノリコーダーを置いて椅子に腰を掛けた。トオルの目の前では、母がまるで早送りの映画のような機敏な動きで、冷蔵庫を開けたり野菜を切ったりガスコンロの火に鍋をかけたりしている。

 

「ねえお母さん、エジプト公園で何か事件があったの?」

 

「えっ、あんたそれどこで聞いたの?」

 

「う〜んと、みんな言ってるよ。」

 

「嘘でしょ、それにねえ、あんたそれ他所で言ったらダメだよ。その事件ってのは単なる噂なんだから。」

 

トオルの母が先ほどのフキの茎をまな板の上でゴロゴロと転がしている後ろ姿が、トオルの目にはいつかテレビで観たダンスを踊るサモア人のように映っている。

 

「噂って?」

 

「う〜ん、これはここだけの話だけどねえ、公園で夜中におかしなものを売ってる人がいたらしくて、それでまあ、近所の人と揉め事があったみたいだって話よ。でも他で話しちゃダメよ。」

 

「おかしなものって?」

 

「う〜んとねえ、お母さんも人から聞いただけだからよく知らないけど、なんだか売っちゃいけない植物なんだってさ。マンドーとかなんとか、何だったか忘れたけどね。」

 

「マンドラゴラ!マンドラゴラじゃないのそれ!」

 

To Be Continued...

 

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