ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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投稿数がこれで1000だよ、無駄に記念碑的なパセリタケノコ駄文日記。

はてなブログをはじめてから2年ほど経つ。

 

当初は地域ネタとか日々のごはんのこととか書いていて、それから小説書いたりきのこのこと書いたりして、間に日々のうわ言のようなことを吐き出して、気が付けば最近は大好きな映画のことばかり書いている。

 

はじめてからしばらくの間は、日のアクセス数がゼロとかイチとかなんてこともざらにあって、イチだった時は自分だったりして、「いったいぼくは今どこにいるんですか?」とか、「助けてください!」とか、中心ではないところで叫んだりぼやいたりしていたけれど、いまでは奇特な方が少し読んでくれているようで、日のアクセスがゼロとかイチということはなくなり、自分以外にも少しだけある。

 

喜ぶべきことであろう。

 

基本的には好きなこととか、あとは何かに対するぼんやりとした思いとかがほとんどなので、ためになるようなことやなんかは一切書いていない。短編小説なんかは真剣に書いているけれど、あとはまあ、俗にいう駄文である。

 

もうちょっと真剣にきちんとした文章を書かなきゃいけないなあと思うけれども、あまりそこにこだわりすぎても仕方がないであろう。

 

書く時は書くし、書かない時は書かないし、書けない時は酒のんで寝るし、それが人生である。

 

ついさっき、ささっと夕食を作り終えてからパソコンに向かい、次第に日が暮れゆき、今は真っ暗な部屋の中でこれを書いている。

 

見切り品のパセリを80円で買ってきたら、ゴリラの鼻毛みたいにゴリゴリの強者過ぎたので、お浸しにしたり炒めたりした。あとは知り合いに頂いたタケノコがデカいタッパー10個分くらい冷蔵庫を埋め尽くしていて、もはや冷蔵庫ではなくタケノコ貯蔵庫になっているので、それも煮たり焼いたりした。

 

お腹が空いたから、もう書くのをやめよう。

 

結局、記念碑的な日に記念碑なんか建てても、なんでもない日に記念碑なんか建てても、どちらもいつかはなくなるからね。

 

だから明日は、投稿数1001を記念して記念碑的な日記を書こうと思いつつ、たぶん書くのを忘れて1004くらいで慌てて書くであろう。

 

本日はこれにて終了。

 

読んでくれている人々に感謝を込めて。

 

投稿数がこれで1000だよ、無駄に記念碑的なパセリタケノコ駄文日記。

 

 

 

月白貉