ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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注射器ババア殺法と、怨恨のピンクレモネード日記。

ここ数日、一晩中暴力的な夢ばかり見る。

 

昨日は、恨みのある人を殺してもいいという制度が施行されて、過去にぼくに恨みを持った人々が次から次へとぼくを殺しに来るという夢だった。

 

もうその数といったら凄まじく、実際に恨みを持たれた覚えがある人はおろか、「お前誰やねん?」というまったく見ず知らずの人まで様々な手口でぼくを殺しに来るという、息つく暇もない展開だった。

 

夢の中には、自分が夢を見ていると気が付いて見ている場合と、まったく夢だと気が付かずに見ている場合があるが、この夢はまったく気付いていないケースのもので、もう生きた心地がしなかった。

 

その制度には殺しに来た人を返り討ちにして殺してもいいというルールがあるらしく、ぼくは自分が生き延びるために襲い来る怨恨者を次々と殺してゆく。ただ見知らぬ人に対しては、いったいあなたは誰で、いったい何の恨みがあってぼくを殺しに来たのかを尋ねるようにしていたが、皆殺気立っているので答えるどころではなく襲ってくる。

 

中にはぼくを殺そうとしている最中に、その人に恨みを持った別の人に襲われて殺されるというケースもあった。

 

なんだか映画ではありそうな話だが、ぼくは今までそんな内容の映画を観た覚えはない。

 

よく夢占いなどというもので、暴力というキーワードで診断がなされている場合があるが、基本的にぼくはあの手の占いは信じない。夢はそんな単純な問題ではない気がする。

 

ちなみに怨恨者の群れの中で一番恐ろしかったのは、まったく見ず知らずの小柄な老婆で、どんな手口だったかと言えば、奇妙なピンク色の液体が入った小さな注射器をたくさん手に持っていて、それをぼくに突き刺して液体を体内に注入しようとするというものだった。しかもなぜか足の指先ばかりを狙ってくるという、一見注射器であっさり殺すのかと思いきや、足先という痛点を狙った苦痛を伴う手口だという点が印象的だった。

 

あの婆さんは、誰やねん。

 

そして夢の中で逃げ惑うぼくは、とある街角の電信柱の陰から覗く奇妙な猿の姿をまた目撃する。

 

夢の猿の話は以下にてどうぞ。

 

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月白貉 - Mujina Tsukishiro