ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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氷河期の中を歩き続ける2人の兄弟の物語、短編映画『AFTERMATH』が心を揺さぶる。

今の自分たちの当たり前の日常や生活は、滅多なことがない限り揺るぐことはないと疑わずに生きている人々が実に多いと思う。

 

もちろん、ぼく自身がその例外かと言われれば、否定することは難しい。ただ、当たり前の日常なんてものは案外と脆いもので、いつ壊れてもおかしくはないと感じている。

 

例えばそういった日常の崩壊は、大地震や火山の噴火や猛威を振るうハリーケーンのような自然災害によって始まるかもしれない。原発事故や戦争など人為的な火種から巻き起こる可能性だって大いに考えられる。

 

そして、ある日突然に、世界が圧倒的に変わってしまってたら、あなたならどうするだろうか。

 

というわけで、今回はある短編映画を取り上げてみたい。

 

タイトルは『AFTERMATH』(アフターマス)、『余波』とでも呼ぶべきだろうか、監督はジェレミー・ロビンス(Jeremy Robbins)。

 

AFTERMATH

image source : Jeremy Robbins on Vimeo

 

新たにおとずれた氷河期、その世界のただ中にいる、2人の兄弟の物語である。

 

20分ほどの短い作品ながら、ぼくはこの作品を鑑賞して、ずいぶんと心を揺り動かされた。おそらく多くの説明はいらないだろう。

 

興味のある方は、ぜひご覧いただきたい。

 

あっ、ひとつだけ、鑑賞に際して監督からのメッセージがある。

 

「Oh, and if you've got headphones, use them. And jack up the volume.」

 

もしヘッドフォンがあるなら、それを使ってボリュームを上げて鑑賞してください、とのこと。ぼくも、ぜひそれをおすすめする。

 

では、どうぞ。

 

 

本編の鑑賞後に観る予告編が、ぼくは好きである。だからもし本編を観たのなら、ぜひ予告編もご一緒に。

 

 

 

 

 

月白貉