ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

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明
明

月の輝くワルプルギスの夜を、貸切バスで突っ走る日記。

数年前にバスに乗った時のことを思い出す。

 

誰も乗っていなかったので、バス停じゃない好きなところで下ろしてもらえるかなあと思い、試しに聞いてみると、内緒話みたいな感じで「だれも乗ってないけ。」と言って快諾してくれる運転手さん。

 

その後ずっと運転手さんと話しながらバスに揺られる。

 

どでかいタクシー感覚。

 

ぼくがこの地の出身ではないということを話すと、なんでこんなところに来たんだと言われる。

 

「なんでですかねえ。」と笑ってみる。

 

時々思うけれど、理由なんてものにはあまり大きな意味はないような気がする。ぼくはたぶん、来るべくしてきたんだよなあ。

 

月の輝くワルプルギスの夜を、貸切バスで突っ走る日記。

 

ここ数日、何人かの人と話をしていて出てきたキーワード。

 

「おそかれはやかれ、いずれ死ぬのだ。」

 

そうなんだ、200年とか300年とか、生きることは、たぶん出来ない。あるいは永遠の命を約束された者が、もしかしたらどこかにはいるのかもしれない。知らないからいないとは言いきれない。不老不死の伝説はよく聞く。まあでも普通は死ぬだろうなあ。

 

平等に誰もが同じ期間を生きるわけではないし、生きている間に思うことや感じることも様々だろう。死ぬってことがそもそもどんなことなのかも、学校では教えてくれなかった。

 

でも死んじゃうのだ。

 

何を信じようが、何を食べようが飲もうが、いつか死んじゃうのだ。

 

 

ハエを追っかけていると、ミヤギさんを思い出す。

 

所詮ぼくはいつまでたっても、序盤のダニエル。

 

 

部屋の中を飛び交う虫の種類に変化が見られる。

 

昔読んだ小説で、集合住宅に住む主人公の部屋の中を飛び交う虫の種類が徐々に変化してゆき、その原因が隣の部屋の死体にあったというものがあった。はて、あれは誰の小説だったか。

 

近所に死体があるのかもしれない。

 

 

目の前に蛾が飛んできて、合掌粉砕してしまう。どっからあんな大きなの入ってきなさるのか。やっは次元の歪みだな。こんど探そう。このあと深夜に探そう。

 

 

なんだか朝から気分が落ち気味、そんな時は風に吹かれてあてもなく歩くに限る。

 

途中、背中の曲がった見知らぬ老人に吸血鬼の本を借りる。

 

「だんな、今夜はワルプルギスの夜でさ。」

 

吸血鬼は確実に存在すると思う、もちろんすぐそばに。

 

 

帰り道で山間から月がのぞく。

 

漂う空気の匂いが、若干昨日までとは変わったような気がして、ちょっとにやりとする。

 

iPhoneで空を仰ぎながら歩いていると、川に落ちそうになって、またにやりとする。

 

おやすみなさい。

 

 

 

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月白貉