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ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

見知らぬ黒い神の塒と、百人が眠る淵底の話。

小説 小説-短編

これは私が数年前に住んでいた、とある山間部の小さな集落での話である。

 

私はその町の地域活性のための臨時要員として、埋没した地域資源の発掘、という名目でその地の温泉宿で一年間働きながら、地域に残る風俗や史跡の調査と発掘、そしてそれを如何にして観光資源として成り立たせるかという活用方法の提案や、その実践としての情報発信と広報などを任されていた。

 

その町は実に山深い地にあり、正に陸の孤島とも呼ぶべき様な場所で、そもそもの成立は、流浪の民であった特殊な傀儡子のような技能集団がこの地に根を下ろしたことが起源になっているという話であった。しかし実際にそれが記されている文献などはもうほとんど残っておらず、歴史をたどる伝が乏しいため、成立の年代的なこと、さらにはそれがどのような民であったかという詳細に関しては謎に包まれた部分が多いという。

 

当初の方針としては、その町は長らく周辺の地域から随分と隔絶されていたため、また特殊な経緯を持った民によって起こされた集落を起源としていることから、他の地域ではあまり見られないような風俗や歴史的背景が残っており、またその血筋によって綿々と受け継がれてきた固有の人形作りの技が残されていて、そういったものを切り口としてプロモーションを展開すれば、ある程度の活性なりを見込めるだろうということだった。

 

さらには、私が担った業務の一端としての温泉宿の運営というものもあり、ただそれは少々規模の小さいものであって、現在は大いに寂れてしまってはいたのだが、古くはこのあたりでは有数の湯治場としても栄えていた効能のよい温泉であり、やはり付加価値として活用の途が見え隠れするのではないかと思われた。

 

そして私は、仕事場である温泉宿に隣接したボロボロの空き家で、暮らし始めたのである。

 

その地に暮らし始めてから三ヵ月ほどにまず私がやったことは、とにかく町に住む人々に自分の存在を知ってもらうことだった。地方の忘れ去られたような山深い地であったために、私がそれまで暮らしていた都会などとはまったくの異界であり、当然のごとく今までの生活とは勝手が違うことは明白だった。そして何よりも、私からしたらこの地の人々が異人の如きものに感じるのと同じで、この地に暮らす人々からすれば、急にどこからともなく転がり込んできた私の存在も、また異物だったのである。地域活性云々よりもまずは、その土地のことを自らの肌に染み込ませることからはじめないことには、何の身動きも取れないと感じざるを得なかった。

 

温泉宿での仕事に関しては、その時には私の他には従業員のようなものはおらず、もう何年もの間、宿を経営する老夫婦二人だけで仕事のすべてを賄っていたということで、それこそ接客から掃除洗濯、宿で出される食事の調理補助、その他諸々の雑用まで、基本的には宿での全業務ということだった。けれどその頃は、他地域からの宿泊客はもちろん、温泉だけの利用客ですら皆無な状態にあり、温泉につかりに来るわずかな客のほぼすべてが地元の老人たちであったため、宿として捉えれば開店休業のような状態だった。 それが幸か不幸かはさておき、私が日にこなさなければならない宿の仕事もほとんど無く、その多くの時間を、地域を歩き回り、自分をこの土地に馴染ませるために使うことが出来た。

 

あれはちょうど、暮らし始めて半年ほど経った秋口のことだったと記憶している。

 

その日、私の宿での仕事は完全な休みで、ただせっかくの休みとは言っても特に予定があるわけでもなかった私は、ずいぶんと朝早くからずっと家の中で畳に寝転んで、学生の頃から何度も読み返しているコナン・ドイルの古いSF小説を読んでいた。

 

外からは近くを流れるサラサラジャバジャバという沢の音と、種類はわからないが秋口に揃って鳴き出すような何かの虫の声が聞こえてきていた。夏と秋の繋ぎ目というものは、明確なようでいてまったく捉えどころがなく、私は毎年毎年その瞬間を見極めてやろうとして待ち構えているのだが、ちょっとのあいだ目を離して、爪を切ったり耳をかいたりしている隙に、サッとどこかからきた秋が、もうすでに涼しい顔をして、そこに座っていた。

 

「お〜い、いるか〜?」

 

玄関の引き戸を開く音がして、近所に住む亀井さんが私を呼ぶ声が聞こえてきた。私はスッと飛び起きて、「は〜い、いますよ〜。」と声を上げながら玄関に向かう。

 

「うぃ〜す、いま暇か?きょうは、仕事は休みか?」

 

「あっ、はい、休みですよ、どうかしましたか?」

 

「これからさあ、ちょっと百間淵の奥にある羅睺寺のさあ、屋根の修理に行くんだわ。それでさ、今日ちょっと、みっちゃんがいなくてさ、それで持ってくものが多くてさ、ちょっといろいろ手伝ってほしいんだ、大丈夫か?」

 

「ああ、いいですよ、もう、すぐ行きますか?」

 

「おう、すぐ行くよ、このまますぐ行く。」

 

「わかりました、じゃあ、ちょっと着替えるんで、ちょっとだけ待っててください。すぐ着替えるんで。」

 

「おう、じゃあ車乗って待ってるから。」

 

亀井さんはこの町に住む大工で、実際の年齢はよく知らなかったが、おそらくはもう七十歳に手が届いたくらいだろうと、私は勝手に思っていた。いつどこで出会ってもニッカポッカの作業服姿で、なんだか南の島に住む人々のようにこんがり真っ黒に日焼けしていて、この人は本当はお面をかぶっているんじゃないだろうかというほど、常に楽しそうな笑顔を浮かべている人だった。そして笑顔を浮かべるその口の中の歯のほとんどが、どんな理由でかは知らないが抜け落ちていて、けれど入れ歯のようなものはまったく入れてはいなかった。その様子が、おそらくは亀井さんの笑顔の重要な核になっているような気がした。

 

身支度を整えた私は亀井さんの軽トラックに乗り込み、所々未舗装のデコボコ道を走る度に起こる振動に激しく体を揺られながら、百間淵という深い淵の横を通り過ぎて、十五分ほどして目的地である山奥の寺までたどり着いた。

 

寺の少し手前の森の中にある百間淵は、地元では百人淵とも呼ばれていて、本当のことを言えばその百人淵という名前が昔からある名前なのだと、亀井さんはトラックの中で話してくれた。

 

けれどその名の由来が、かつて死罪となった罪人の死体をこの淵に投げ込んで沈めていたということで、その数が百人にも及んだというところからきているため、近年、それを地域のイメージが悪くなると言い出した行政が、勝手に名前を変えて百間淵にしてしまったと、亀井さんは言っていた。

 

「ったくなあ、国の役人なんて、なんでもかんでも無責任にしやがるからなあ。イメージが良かろうが悪かろうが、それが本当のことなんだから、隠したって仕方がないんだよ、まったく。」

 

「・・・ですよねえ。その罪人を投げ入れてたってのは、本当なんですか?」

 

「いやなあ、いつ頃のことか知らねえけど、こんな場所に罪人を裁く場所なんてなかったはずだわ、こんな山奥になあ。それも百人もなんてなあ。わざわざこんな場所まで、他から死体なんか運んでくるわけもねえしなあ。」 

 

「そうですよねえ。」

 

「でもなあ、こりゃあ、わしの爺さんから聞いたんだけどなあ、人は沈めてたそうだわ。」

 

「えっ、罪人じゃなくてですか・・・?」

 

「おう、罪人じゃなくてだ、儀式だよ儀式、人身御供ってやつだ。これから行く羅睺寺ってのは、寺が建つ前はもともとは古い祭祀の場みたいなとこだったらしくてなあ。そこにどんなものを祀ってたかは知らねえけど、そこに、まああれだよ、生贄をやってたってなあ。それを淵に沈めるんだと。そういう話があるって聞いたぞ。」

 

見知らぬ黒い神の塒と、百人が眠る淵底の話。

 

「なんだか、そっちのほうがよっぽどゾッとしますね・・・。ってことは、例えば淵の底を調査なんかしたら、骨がいっぱい出てくるってことですかねえ、それがもし本当なら。」

 

「出てくるだろ。だってなあ、爺さんの頃は、今は違うけどなあ、人が死ぬと死体は焼かないで、樽に入れて土葬だったから、昔はなあ。わしが子供の頃もまだ土葬だったよ。それで、わしは小さかったからよく知らないが、その頃にも、そのもっと昔の儀式の名残があって、その年のはじめに死んだ人の死体をなあ、土葬にはせずに、淵に沈めてたって言うからなあ。そりゃ、骨が山ほど出てくるだろ。」

 

「ええ・・・、ほんとですか・・・、それ。そんな土俗のこと、いままで一度も聞いたことないですよ・・・。」

 

次回へ続く... 

 

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月白貉