ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

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ぼくは占師には懐疑的、でも三度目の正直占いの話。

ぼくは今までの人生で三度だけ、自主的に、占師に自身の運命を占ってもらったことがある。

 

ぼくは占師には懐疑的、でも三度目の正直占いの話。

 

一回目は大学時代、大学の学園祭での手相サークルの出し物、手相を見てくれたのは女子大生で、けっこうキュートな人だったという、ぼんやりとした記憶がある。料金は無料だった。

 

二回目はまだ若かりし頃、当時付き合っていた女性と訪れた遊園地、園内の木陰にポツリと座っていた和服姿の謎の初老の女性、これも手相占い、料金は確か五百円か千円程度だった。

 

三回目は五、六年ほど前だろうか、とある雑居ビルの地下、香港の九龍城を思わせる古びたビルの薄暗い廊下の突き当りに「占」と書かれた灯籠が灯る場所に店を出していた、これまた和服の女性、これは手相ではなく、占いの種類はよくわからないが、名前だけしか伝えなかった気がするから、姓名判断の類かもしれない。この時も当時付き合っていた、また別の女性と一緒だった。二人一緒に一時間くらい見てもらって、ぼくのことはほとんど無くて、ほぼ彼女のことだったが、値段はたしかちょっと高くて、結局八千円くらいかかってしまったと記憶している。予想外の大きな出費だった・・・。

 

思い返してみると、自主的にとは言ったものの、最初は友だちに誘われてだし、その後もたまたま別の目的で訪れていた場所で、突発的なアトラクション感覚でのことだから、結局、いざゆかん!と勇んでのことではない。

 

そして、どんなことを言われたのかといえば。

 

一回目の手相占いでは、まず内容ではなく、ぼくの感覚だと大した時間見てもらっていた気はしなかったのだが、一緒に行った他の友だちはぼくとは別の人に見てもらっていて、その後ぼくが終わるのをずいぶん長い間待っていたらしいのだが、待てど暮らせど戻ってこないので、先に自分たちが出していたブースに戻ってしまっていた。何故かぼくは時間の感覚を覚えていない。でも、「どんだけ長いんだよ!」と言われたことを覚えている。

 

「あ〜、女難の相が出てますねえ、あと、すっごく山あり谷ありの人生です。とんでもなく高い山と、とんでもなく深い谷です。ただ、こう言うと一見悪いことばかりのように聞こえるかもしれませんが、でも、あなた自身の体感としては、すっごく幸せな人生だったと感じて、幕を閉じるはずです。つまりは、すごく幸せな人生です。」

 

まとめると、こんな感じのことを言われた。

 

大学生の手相サークルが学園祭で、しかも無料でやっている手相占いだったのだが、なんだかずいぶんと本格的だった気がする。ぼくが見てもらった人の能力値の問題だったのかもしれないが、他の人に見てもらった友だちは、まったくの子供だましだったというようなことを言っていた。

 

二回目の手相占いは、都内のとある老舗の遊園地でのこと。園内の木陰に小さな椅子とテーブルを置いて、明治期の超能力者を思わせるような和装の、しかも髪まで結っていた気がするけれど、そんな風貌の初老の女性が座っていて、手相とだけ書かれた簡易の看板が立っていた。

 

「なるほどねえ、あなたは職人気質でねえ、どこにいっても誰かと衝突するわねえ。ただ、それが、あなたのいいところでもあるわねえ。自分を曲げないのねえ。だから、なにか芸術的なものに関わる生き方がいいわねえ、そしたらきっと、幸せだねえ。誰かに雇われたり、何かに迎合するようなことは、性に合わないでしょ。そして、あたしに言われなくとも、おそらく自分でも、もう知ってるわね、きっと。」

 

まとめると、こんな感じだったと記憶している。

 

この時は、女難の相が云々とは言われなかったが、後から考えれば、明らかに恋人とデートで来ているのに、あんたには女難の相がある!なんていう物騒なことを、口にするはずはない。そんなこと言ったら、隣の相手が元凶になると言っているようなものだ・・・。あるいは、手相はその時々の自分の生き方によって変化すると言われているから、ぼくの女難の相はもはや消え失せているのかもしれない。なぜなら当時の彼女は、ぼくの人生で初めての恋人だったのだから。

 

三回目は、これまた都内某所の怪しげなビルの地下にある、これはもうれっきとした占師の館的なものだった。ただ、先にも書いた通り、その店が目的でその場所を訪れていたわけではない。そして今までとは違って、手相占いではなく、何かもう少し特殊能力的なものだった記憶がある。なぜならぼくがその時伝えた個人情報は名前だけで、だから前述の通り姓名判断的なものだったのかもしれないが、生年月日を教えたわけでもなければ、手も足も見せてはいない。そして、この時に言われたことは衝撃的に短かったのだが、やけに不思議なことを言われた。

 

「あなた・・・、この名前、誰に付けてもらいましたか・・・?」

 

その言葉を発した時の占師の様子が、なにやら尋常ではなかった。

 

みなさんは、自分の名前の命名の謂れを知っているだろうか?おそらくは父親か母親が思いつきで考えたとか、祖父や祖母の名前の一部をもらったとか、姓名判断を参考に構築したとか、両親が大好きな映画の主人公から取ったとか、いろいろあるだろう。

 

ぼくの場合は、自分の名前を、ある強力な占師に付けてもらったと、母から聞いたことがある。初めて聞いた時には「えっ、占師にっ!?」と思い、悪い意味でビビったことを覚えている。母の話によればその際、その占師は巨大なパンドラの箱のような中国の古い書物を持ち出してきて、ぼくの運命を父と母に語ったという。ぼくがまだ生まれる前の話である。

 

あなたの、その生まれてくる子供の運命を象徴するのはこれです、といって占師が開いた場所に描かれていたのは、金色の羽を持つ見たことのない鳥で、その鳥が足で大きな卵を掴んでいたという。

 

「実は、とある占師に付けてもらったと・・・、聞いているんですが・・・。」

 

その際の細かなやり取りの話はここでは省くのだが、なんと、その時初めて顔を合わせた見ず知らずの占師は、ぼくの名前を付けたという強力な占い師のことを知っていたのである。さらには、ただ名前や存在を知っているというものではなく、その人物と同じ土地の出身だということだった。ちなみに、これは余談なのだが、やはり不思議な話で、ぼくは自分の命名者である占師の娘らしき人物にも一度、まったく偶然に出くわしたことがある。ただその話は、ここでは割愛させていただく。

 

話を戻そう。

 

そして、ぼくの命名の謂れを知ったその占師が、ぼくに言ったのは、たった一言だけ。

 

「あの人かあ、なるほどねえ、じゃあ、あなたは、大丈夫ね。」

 

ぼくは、特に占い贔屓な方ではないし、そういうことに傾倒しているわけでもない。ぼく自身の意志として、そういうことで自分の歩むべき方向を決めたことは、今まで一度としてない。どちらかといえば、ある部分においては懐疑的でもある。だって、占師と自ら名乗る人の中の果たしてどれだけが、本当にそういう力を持ち得るのかなんて、わからないし、たぶんそのほとんどは偽物だと思っているから。

 

ただもちろん、そういう世界はあるとも思っている。なんだったら、この世界を構築している多くの要素は、実際にはそういう世界の事柄なのではないのかとも、思ったりしている。それは占いを信じるとか信じないとかいうこととはまた別な意味合いの、もうちょっとその奥の方の話だけれど。

 

ただ、もしかしたら、ぼくが今までに出会った三人の占師と名乗る人々は、実は意外とちゃんとした、ある種の特殊能力者だったのかも知れないなあと、ふと思った。

 

そしてここ数年で気が付いたことなのだが、実はぼくにも、ちょっとおかしな能力があるような気がするとういうこと。

 

しかし、それはまた、別の機会に、お話することにしよう。

 

 

 

 

月白貉