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ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

サルでもすぐ出来る、つおい霊能力者の見分け方。

小説 小説-短編

小学生の頃、ずいぶんと登校拒否がちだったぼくには、学校の中で友だちと呼べるような存在はほぼゼロに等しかった。

 

ただ唯一ひとりだけ、近所に住むナツミとだけは親交があり、それは小学校にあがる前からの幼なじみだということもあったが、小学校に進学してからも、学校を休みがちなぼくのために、学校で配られるお知らせの紙を持ってきてくれたり、あるいはその日に出された宿題のことを教えに来たり、まあ大抵の場合には、特にそういった学校からの連絡がない日でも、学校帰りには何かとぼくの家に顔を出してくれたからだった。そして、ぼくの家に彼女が来る時には必ずと言っていいほど、彼女の弟のシュンがマスコットのようにして、くっついて来ていた。

 

小学校を卒業してしまうと、ぼくは地元ではなく別の地域にある私立中学校に通うことになった。それでもしばらくは、ナツミは何かと理由をつけてぼくの家に顔を出していたのだが、ぼくの通い始めた中学校は電車で二時間もかかるような遠方にあったため、彼女がぼくの家に来てくれたとしてもぼくがまだ学校から帰っていない場合のほうがほとんどで、ずいぶんとすれ違いが生じてしまっていた。それでもナツミはしばらくの間、たとえぼくに会えないことがわかっていたとしても、たぶん何かの祈りにでも似た行為のようにして、ぼくの家を訪れ続けていた。そして、ぼくが学校から家に帰るといつも母が必ず、今日もナツミちゃんが来てくれたわよと言って、やけに嬉しそうにしてぼくにそのことを伝えてくれていた。けれどある日ふと気が付くと、その母の報告は何かに紛れてスッとどこかに消えるようにして、なくなっていた。

 

ナツミがぼくの家に姿を見せなくなってからも、学校が休みの日には時々、近所の道端で偶然に彼女とすれ違うことはあった。もちろん彼女はそんな時、あの幼い日々からのずっと変わらない笑顔をぼくに向けて、声に出して何かを言うことはなかったが、右手の人差指でぼくを軽く指し示してから、なんだか風に揺れるようにして手を振ってくれた。そして、ぼくが中学校を卒業して高校に進学しても、そんな風な彼女との距離は付かず離れずにずっと続いていた。けれど、ぼくが高校を卒業して東京の大学に進学することになり、地元を離れて東京で一人暮らしをするようになってからは、もちろんそんなわずかにつながっていた彼女との糸のようなものも、もしかしたら断ち切れてしまったのかもしれないし、あるいはそれを断ち切ってしまったのは、ぼくだったのかもしれないけれど、それ以来ずっと、もう何十年という長い間、彼女とはまったく会っていない。

 

ぼくはそれでも決してナツミのことを忘れたわけではなく、時々ふと、彼女のことを思い出すことがある。そして決まって同時に思い出すのが、あの小学生最後の夏休みに起きた、不気味で暗黒地味た、禍々しいある出来事のことだった。

 

それはぼくとナツミと、そしてシュンと三人で、地元の町の外れにある小さな森に、夏休みの自由課題をこなすために昆虫採集に行った日のことで、その日の夕暮れの森の中で、ぼくとナツミの目の前でシュンは、名も知れぬ黒々とした巨大な樹木に捕まり、樹の中心にある瘤に空いた、大きく開いた口のような穴の中で、体を噛み砕かれながら丸飲みにされて、跡形もなく、まさに喰われてしまった。

 

大人たちは、ぼくとナツミが涙に咽びながら必死にそのことを訴えても、誰も信じようとはしなかった。そして結局、ぼくたち二人の言っていることは何らかのショックによる記憶の混乱か、あるいは集団催眠のようなものだとして片付けられてしまい、シュンはそういったことが原因での行方不明ということになった。そしてしばらくの間、警察や地元の有志による捜索が行われていたけれど、結局彼が発見されることはなかった。

 

けれど唯一人だけ、ぼくとナツミの言葉を信じてくれた人がいた。それはナツミの祖父だった。彼女の祖父は自営業の傍ら、時々祈祷師だか占師のようなこともしていた人物で、普通の人にはない特殊な能力を持っていた。これは後から聞いた話だが、豪雨のような涙を流しながらシュンの名前を叫び続けていたぼくたちの話を横で聞いていた彼はその夜、大きなリュックを背負ってその森に向かったそうだった。けれど結局、何日も山を歩き続けたように疲れ果てて家に帰ってきた彼は一言、「もう・・・、手遅れだった・・・。」とだけ、口にしたということだった。

 

それからしばらく経ったある日、ぼくの家にナツミと共に現れた彼は、ぼくとナツミを近所の神社に連れ出して、こう言ったことを覚えている。

 

「これはとっても大切なことだから、二人ともよく聞きなさい。そして、ずっと覚えておきなさい。おまえたちが見たものが夢だなんてことはない。おまえたちの言っていることが嘘だなんてこともない。あれは本当に起きたことだよ。誰かが信じようと信じまいと、そういうことがあるのを、私は知っている。この世界のいたるところには、穴が空いている。とても恐い穴だよ。それはすべての人に見えるわけじゃないけれど、見えなくても人に害を成す。そういうものがあることを、よく覚えておきなさい。あれは・・・、普通の人間なんかにどうにか出来るようなものじゃないし・・・、私ぐらいの者にはもう、どうにもならなかった・・・。まあいい・・・、それはいずれまた・・・・だな。だたもう決して、あの森に行っては駄目だ、私がもう大丈夫だと言うまでは、絶対にな。わかったな。」

 

あの日から、ぼくがその土地を離れるまでの約六年間の間にも、地元では何度か行方不明者が出ていた。そしてその誰もが、いまだに何の手がかりも掴めず、行方不明のままだということだった。ぼくはそのことを聞く度に、いつもあの森の悪夢のような光景を思い出した。

 

確かあの時、あの神社で、ナツミの祖父が、こんなことを言っていた。

 

「シンヤくん、左の腕を見せてごらん。」

 

「はい。」

 

サルでもすぐ出来る、つおい霊能力者の見分け方。

 

「なるほどなあ・・・、ここを見てごらん、ここだよ、この関節の前のな、前腕と上腕の関節の前の、ここだよ。線が入っているのが見えるだろ。」 

 

「はい。」

 

「これによって、その人の持っている特別な能力の度合いがわかると言われているんだよ。まあ特別な能力にもいろいろあって、例えば誰かが言う霊能力なんて、あんな風に一言には言うことは出来ないんだが、おまえさんのは、ほら、薄っすらとした直線だからな、まあ普通の人よりちょいと何かが見えるか見えないかくらいだろうな。」

 

「はい・・・、なにかって、なんですか?」

 

「そうだなあ、たとえばわかりやすく言うと、幽霊なんかが、その何かだな。」

 

「幽霊・・・、ぼくそういうの、見たことないですけど・・・。」

 

「そうだな、だから、見えるか見えないかくらいだからな。ほらっ、私のを見てみなさい。」

 

ナツミの祖父の腕のその場所には、煙草くらいの太さの、なにか鈍い刃物ででも切りつけられた跡のような線が、くっきりと浮かび上がっていた。

 

「わあ・・・、すごい・・・。」

 

「いやいや、私なんか大したことはないんだよ・・・、ほらっ、ナツミちょっと腕を出してみなさい。」

 

  

ナツミが彼に言われて差し出した腕のその場所には、もはや線ではなく、何かの図形のようなものがはっきりと刻まれていた。

 

「これはな、亀甲形だ、亀の甲羅のように見えるだろ。私もずいぶんいろんな人のを見たが・・・、こんなものは初めてだった・・・。ナツミにはなあ、たぶん私には及び得ぬものが、あるんだろう。まあ・・・、それはいずれ、わかるようになるさ。さてさて、じゃあそろそろ帰るとするか。町で噂の、こんな変人の爺さんがな、あんまり子供を連れ回したりしてると、それこそ神隠しの犯人だと言われかねん、はっはっはっ。」

 

ナツミはその時、ぼくの腕の細い線に、それを指でなぞるようにしてやさしく触れてから、ぼくに消えるような静かな笑顔を向けた。

 

彼女は今、いったいどこで、何をしているんだろう。

 

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月白貉