ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

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明
明

世間知らずでちょっと天然で、でもすっごく気が強くって力持ちだけれど、未知な女の子の話。

ぼくがナツミに初めて出会った時、このこはどちらかと言えば世間知らずでちょっと天然で、でもすっごく気が強くって力持ちな女の子なんだろうなあ、といった風がぼくの印象で、彼女のことを好きになった今でも、まったくそういったぼくの彼女への印象は変わらなかったのだが、あの神社での出来事をきっかけに、そこに何か言葉では言い表せない不思議な要素が付加されていた。

 

世間知らずでちょっと天然で、でもすっごく気が強くって力持ちだけれど、未知な女の子の話。

 

それは一体なんだろうと数日間ずっと考えていたが、やはりそれは未知という言葉でしか、いまのところぼくには表現できそうになかった。

 

つまり、このこはどちらかと言えば世間知らずでちょっと天然で、でもすっごく気が強くって力持ちだけれど、未知な女の子、ということになる。

 

この「女の子」という部分がとても重要で、印象としては女性というよりは女の子という表現が、ぼくにはとてもしっくり来るように思えた。

 

「ナツミ・・・、ほんとうに行く気・・・?行かなきゃ、ダメかな・・・?」

 

「ダメじゃないけど、ちょっと気になるじゃない、そのラゴちゃんのコメントが。」

 

 

「まあ、そりゃ気にはなるけど・・・、たださ、これがどんな人かもわかんないし、たまたまおれの書いた文章読んで、適当なコメントを悪ふざけで書いてるアブない人かもしれないでしょ・・・。もし万が一にも、あの場所のことを本当に知ってる人だとしてもさ、それはそれで、ちょっと怖いよ・・・。」

 

「ん〜、そっか。あの場所で斧持って待ち伏せてるかもってこと?」

 

「いやいやいや・・・、斧って・・・、話がもっと別な方に進んじゃってるし・・・、そんな八十年代のアメリカンホラーみたいな結末やだよ・・・。この間のおばあちゃんも怖いけどさ、そっちのほうが現実的には遥かに怖いよ・・・。」

 

「いいじゃん、ちょっと、ちょっとだけ見に行こうよっ!変だったらすぐ帰るからさあ。あっ、何かの時のために包丁持って行こうよ!ユウの持ってるデカい方のやつ!」

 

「いやいやいやいやっ・・・、ダメですよ・・・、斧もったやつがいる想定かよ・・・。そんな・・・包丁で斧には太刀打ちできませんよ・・・、もう・・・。それに刃物なんか所持してたら捕まりますよ・・・、まったく・・・。」

 

ナツミは時折、何か悪いことを考えている子供のような、ちょっと黒い影を持つ笑顔を浮かべながら、斧だかなんだかを振り下ろすような仕草を真似ている。彼女の口から吐き出される言葉の、いったいどこまでが本気で、どこからが冗談なのか、時々ぼくにはまったくわからなくなることがあった。

 

「はぁ・・・、わかったよ、じゃあ、行くだけ行ってみようか・・・、おれはまったく気が進まないけどさ・・・。」

 

「よしっ!」

 

神社の石段の下の鳥居の前に到着したのは、午後二時を過ぎた頃だった。

 

その日も午前中から、皮膚がヒリヒリと痛むような強い日差しが降り注ぐ、完全なる真夏日だった。ふともうすぐ秋かと思うほど涼しい風が駆け回っていた数日前とは打って変わって、まさに今日から本格的な夏が始まったんじゃないのかと思うほどの、完全なる、夏だった。

 

二人はあの日と同じように、目の前の天にも昇るような石段を見上げて、鳥居の前でしばらく立ち止まっていた。横目でナツミの様子を伺うと、なにがそんなに楽しいのか知らないが、海水浴場を目前にした小学生のような顔をしていた。

 

「この時点で、なんか雰囲気とか、わかるの・・・?」

 

「ん〜、鳥居をくぐったら、少しわかるかも。」

 

「じゃあ、先生、お先にどうぞ・・・。」

 

「よしっ。」

 

その時ナツミがぼくの手をギュッと握って歩き出したので、手を引っ張られたぼくは結局ナツミと同時に鳥居をくぐり、石段の直前で二人はまた再びピタリと立ち止まった。

 

「どう・・・?」

 

「ユウはどう思う?この前さ、家帰ってから、あの時の空気感がおかしいの、おれにもわかったぜ!!!って、興奮して話してたじゃん、今はどう?」

 

「そんな、わかったぜ!!!なんて言ってないでしょ・・・、わかったような気がしたかもって・・・。ん〜、よくわかんないけど、鳥居の外と、いま内側に入った時と、べつになにも変わらないように、おれは思うけど・・・。」

 

「うおっ、ユウ、レベルアップじゃん。」

 

「ホントかよ・・・。」

 

「うん、たぶんねえ、大丈夫だと思う。っていうかさあ、なんかいい匂いしない?」

 

「えっ・・・、そうかなあ。」

 

「石段の上の方から、なんだろう、何かの花みたいな香りがする。この前来た時にはさ、そんな匂いしなかったよ。」

 

石段の先をしばらくじっと見つめていたぼくの鼻には、特にこれといって何も匂っては来ない。そして今回は、幸か不幸かは知らないが、前をゆく老婆のような姿もまったく見当たらない。ぼくは再びナツミに手を引かれて石段を上り始めた。あの日はずいぶんと急傾斜で遥かな道程のように感じた石段が、今日はまったくなんの苦もなく、息もあがらず汗もかかず、楽々と上れているような気がした。それを重さのようなもので表現するなら、おそらくは五十キロには相当するんじゃないのかと、ふと思った。

 

石段を上り終えて境内に到着すると、やはりそこは雑草が敷き詰められているだけの何もないガランとした空き地だったのだが、ぼくはその瞬間に、スッと息を呑んで全身に鳥肌が立ってしまう。

 

「あっ、この間のおばあちゃん、またいるんじゃん。」とナツミが空き地のど真ん中に立ってこちらを見ている老婆の姿を指差す。

 

白い浴衣に紺色のもんぺを穿いたような姿をした小柄でずんぐり体型の老婆が、ぼくたち二人をずっと待っていたかのようにして、こちらをじっと見つめて立っている。それは数日前にこの場所で遭遇した、宙に浮かんでいた老婆に間違いはなかったが、今回は少し様子が違っていた。

 

「こんにちは。」とナツミが唐突に老婆に声をかける。

 

「はい、こんにちは。」と言って老婆が深々と頭を下げたので、ぼくもつられて「あっ、こんにちは。」と言って頭を下げる。

 

「あんた、セコさんかい?」

 

「あっ・・・、は、はい、そうです。」

 

「セコって何?」とナツミが小さな声でぼくに耳打ちしたので、「あっ、おれがブログで使ってるハンドルネームだよ。」と、ぼくも彼女の耳元で小さく囁く。

 

「コメント読んでわざわざ見に来てくれたのかい、あ〜、そりゃあどうも、ラゴと申します、どうぞよろしく。」

 

そう言って老婆は再び深々と頭を下げるが、なぜかこちらには一歩も近付いてこようとはしない。二人と老婆との距離は、二十メートルはあると思われた。頭を下げられたぼくが「あっ・・・、どうも・・・。」と言って老婆の方に近付いていこうとすると、ナツミが突然ぼくの腕を激しく掴んで制止した。

 

「ユウ、ちょっと待って。その先、たぶん入っちゃダメ。」

 

ラゴと名乗る老婆が、口を大きくあけて目を見開き、なにか宝物でも見つけた時のような顔をこちらに向けた瞬間、彼女の体から異様な威圧感のようなものが噴き出し始めた気がした。

 

「そうね、それが賢明ね。お連れのお嬢さんは、いろいろわかるみたいだね。」

 

老婆はそう言いながら右手を腰に括りつけた巾着のようなものの中へ入れ、中から何か手のひら大の平たい石のようなものを取り出すと、しゃがんで自分の正面の地面にゆっくりと置いた。それをじっと見ていたナツミが「亀の甲羅だ。」と呟いた。

 

ナツミの言葉が聞こえたのかどうかはわからないが、老婆はウンウンと頷いて笑いながら、再びこちらに向きなおって話を始めた。不思議なことに、その声は二人のすぐ目の前で囁かれているようにして間近から聞こえてきた。

 

「ええとね、セコさんね、用件から言いますとね、まあコメントに書いた通りだけれど、ここの例の穴はね、私が閉じさせてもらいました。で、それはあなたがどうこうってことじゃないんだけれども、たまたま見つけた情報源があなたのブログだったから、お礼も兼ねてコメントを残したのね、念のため。で、まあ簡単に言えば、これは私が慈善事業というか、ん〜、慈善事業とはちょっと違うわね、まあ単に役目って言った方がいいかしらね、まあそういうもので、個人的にやってることなの。なんで私があなたのブログのことがわかったかっていう話は、ちょっと長話になるからね、簡単に言うと、私はインターネットってものを普通の人とはずいぶん違うやり方で使ってるわけ。まあそのことは説明が難しいから飛ばしますね。それでね、ブログに書いてあったあの、老婆の姿はね、この土地にあるヒトガタでね、今あなたの目の前にいる・・・、あらっ、ちょっと様子がおかしいわね、しまった、こりゃいけない、お二人さんちょっとねっ、」

 

「あっ、ヤバイかも。」

 

ナツミがそう言った瞬間、老婆の後ろからものすごい突風が吹いてきたかと思うと、老婆の背後の山肌に黒々とした巨大な人の影のようなものが立っていた。その人影はまさに見上げるような大きさで、空に振り上げた両腕の先が、鎌のように湾曲した禍々しい刃物のように見えた。ぼくにとってはまったく理解不能な光景だったが、それが圧倒的な恐怖以外の何物でもないことを、おそらくは人間の動物的な本能が感じ取ったらしく、体が硬直して動かなくなり、周囲の色が失せてゆくような感覚に囚われた。

 

次の瞬間、その黒い人影の片方の腕が背後から老婆に向けて振り下ろされ、老婆の首がプラスチックの人形のようにスパンと吹き飛んでから、空中で砂のように粉々になって風に舞い、地面にバラバラと散らばり落ちた。

 

ぼくの横でナツミがしゃがみこんで地面に掌を当てながら、何かぶつぶつと唱え始めたが、恐怖で身がすくんでしまったぼくはそちらに目を向ける余裕などまったく持ち得なかった。ぼくに見えているのは、正面で首を失った老婆の体が、吹き飛んだ首と同じく色を失い、やはり砂のようになってバラバラと地面に崩れ落ちてゆく光景だった。

 

すると突然、先ほど老婆が地面に置いた亀の甲羅の、四足と首をしまい込む穴の中から白い煙のようなものが吹き出すみたいにして激しく立ち昇り始めた。

 

横でしゃがんでいるナツミが「うわ〜っ、すごっ!」と声を上げているのが聞こえてくる。

 

その煙が地面の上で急激に五つの人のような形を成しはじめたかと思うと、巨大な黒いモノの足元で円陣を組むようにして、その周囲をグルグルと回り始めた。その人型の白い煙は見る見るうちに完全な人間の姿になり、聞いたことのない言語で奏でる異国の歌のようなものが、空き地全体を包み込む見えない壁に反響するようにして聞こえ始めた。

 

黒い影を取り囲んでいたのは、ラゴと名乗る老婆とまったく同じ姿をした五人の老婆だった。

 

その空き地が狂気じみた暴風雨の只中にあるような感覚と、目の前の巨大な黒い影が持つ昆虫のような無数の足が、五人の老婆たちの手によってグニャグニャと捻じり潰される光景を最後に、ぼくの記憶は途絶えている。

 

気が付くとぼくは、石段の下の鳥居の脇にある木陰のベンチで、ナツミの太腿を枕にして横になっていた。

 

「あっ・・・、ごめん・・・。」

 

「ユウ、大丈夫?ぶっ倒れたからビビったよ。」

 

「ああ・・・、ぶっ倒れたか・・・。」

 

「うん、ぶっ倒れた。」

 

「そっか・・・、あんまよく覚えてないよ、痛え・・・、背中痛え・・・。」

 

「ぶっ倒れたからね。」

 

「そっか・・・、ナツミは、大丈夫だったの・・・?あっ!!!あの黒いヤツはっ!」

 

「ラゴちゃんが倒しちゃった。ね〜、言ったでしょ、やっぱ只者じゃないよ。」

 

「なんかもう、まったくわけわかんなくなったよ・・・、だって・・・、おれにもはっきり見えたよ・・・、おかしなものが・・・。」

 

「うん、あそこまでいっちゃうともう、見える見えないとかじゃなくて、出てきちゃって形を持ち始めちゃうからさ、あともうさっきは、穴の中にいるようなもんだったし、誰でも見えちゃうよ。」

 

「そっか・・・。」

 

「さて、ユウも起きたことだし、家帰ろっか。」

 

「そうだね・・・、なんかきみ、あんなことあって、まったく普通だけど・・・。あっ、あのラゴっていうおばあちゃんはっ!ってか、首が・・・首が吹っ飛んでたけど・・・。」

 

「あれはね、カイライだって、ラゴちゃんは今、東京にいるって言ってたよ。」

 

「はあ・・・、そうですか・・・、まあいいや、おれにはもうそういう話は、よくわかんないよ・・・、ひとまず帰ろうか・・・、っていうか、ここまでナツミが運んでくれたの・・・?」

 

「ううん、ラゴちゃんが呼んだデカいイヌみたいのが運んでくれたよ。あ、それとね、ユウに伝えてって言われたんだ。もうここのヤミゴラは大丈夫だと思うけど、見たことあるヤミゴラの中でもちょっと強力すぎるから、こんど直接見に来てみるって。その時にはまた何かの形で、たぶんインターネットを通じて連絡しますってさ。」

 

「いや・・・、おれに連絡されてもなあ・・・。」

 

「ユウねえ、なかなか強力なゴラダマ持ってるからって、言ってたよ、ラゴちゃん。」

 

「なに、それ・・・?まあいいや、もう家帰ってからで・・・、後で聞くよ・・・。」

 

「よしっ、あの店でアイス買ってこう!」

 

携帯電話の時刻表示を見ると、ぼくとナツミが神社の石段の前に立ってから、まだ一時間も経っていなかった。

 

空で燃え上がっている夏の太陽の光は、まだまだ力を弱めそうにはなかった。

 

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月白貉