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ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

本当はコワい、夏休みっぽいこと。

小説 小説-短編

「ねえ、今日さあ、夏休みっぽいことしたいよ。」

 

ナツミが部屋の床に寝転がって天井を見上げながら、ブツブツと何度も何度もそう言って少しスネたような顔を浮かべている。ぼくはテーブルの上に置かれたノートパソコンと向い合って自分のウェブログの更新記事を書いていて、ナツミの言葉をなんとなくぼんやりと耳に取り込んでいる。窓から流れ込んでくる夏と秋が入り混じったような匂いの涼しげな風が、ぼくの足元をコソコソと通り抜けてゆき、その先に寝転がるナツミの髪の毛の周りで飛んだり跳ねたりしているのが、ぼんやりと視界に映る。 

 

「ねえねえ、今日はさあ、夏休みっぽいことしようよ。」

 

「たとえば、どんなこと?」

 

「海を見に行くとかさあ、ソフトクリーム食べに行くとかさあ、そういうの、あるじゃない。」

 

「海かあ、海ねえ。ソフトクリームは・・・、おれあんまり好きじゃないしなあ。」

 

「じゃあさあ、虫捕まえに行くとかさあ、昆虫採集、カブトムシとかクワガタとかさあ。」

 

「きみ、虫、嫌いじゃなかったっけ?」

 

「ああいう硬いのは平気なの。柔らかいのはダメ、あと羽のあるのもダメ。」

 

「カブトムシもクワガタも、羽、ありますよ。」

 

「通常時は出てないでしょ。変形して飛ぶ時、出てくるでしょ、それは平気なの。だから蝶々とか、カマキリとかバッタとかは、まったくダメ。」

 

「バッタもカマキリも通常時は、羽出てないよ。」

 

「なんとなく出てるよ、それにさあ、バッタとかさあ、カマキリなんかはさあ、お腹の辺りが柔らかいでしょ、ああいうのはダメなの。」

 

「そうですか・・・、よし、じゃあこれ、今さあ、記事を書き終えたから、きみの提案をのんで、昆虫採集にでも行きましょうか。」

 

「よしっ!」

 

ナツミはそう言って、激しく押されたユリカゴみたいに体をグリンと揺らせて起き上がった。

 

「この辺りでカブトムシとかいそうな場所かあ・・・、まだ一度も行ったことないけど、あそこの山のさ、寂れた神社の奥の方とかなら、いるかもねえ。じゃあ百均で適当な虫あみでも買ってですね、ひとまずあそこに行ってみようか。」

 

「よしっ!」

 

その神社というのは、ぼくの住むアパートから歩いて二十分ほどの場所にあって、神社へと続く石段の手前に立てられた由緒書きによれば、神社のご神体はその後ろにそびえる小さな山だと書かれていた。さらにその山は昔の古墳の跡だとされているようで、神社とは別の参道から登ることの出来る山の頂上には、わずかながらその片鱗を残しているとも書かれていた。

 

「へえ、これ古墳なんだ、知ってた?」

 

「知らないよ、だってあたしここ来るの初めてだもん。」

 

「あっ、そうなんだ。まあ、おれも境内まで上るのは初めてだけど。」

 

「っていうか、石段厳しくないこれ、すっごいあるよ、上まで・・・。」

 

その神社へ続く石段はぱっと見ただけでも百段は下らないだろうと思われるずいぶんと急角度なもので、二人が見上げるその石段のちょうど中ほどあたりをひとりの老婆がゆっくり上って行っているのが見えていた。

 

「あんなおばあちゃんも上ってるくらいだから余裕でしょ、じゃあ、行きますよ。」

 

上り出してみると、ナツミの言うとおり石段の傾斜は思いの外厳しく、二人とも汗だくになって息をハアハアとさせながらなんとか先ほどの老婆の見えていた辺りまでたどり着いた。

 

「きっ、きつ〜・・・。」

 

「だから言ったじゃん・・・、ははっ、ちょ〜厳しいよこれ、まだ半分あるよ。」

 

膝に手をついて再び上を見上げると、もうすでにそこには老婆の姿はなく、どうやら境内まで上がりおえてしまったようだった。

 

「あのおばあちゃん、はやいなあ・・・、さてあと半分か・・・、よしっ、行くかっ!」

 

なんとか境内までたどり着いた二人がタオルで汗を拭いながら境内を見渡すと、そこはガランとして何もない、ただ雑草に覆われただけの空き地で、手水鉢や狛犬はおろか、社務所も、本殿らしきものさえも見当たらない。上り切った石段の正面には、下からも伺える小さな山の中腹から上がそびえ立ってはいるが、神社としての施設は、石段の下の古びた石の鳥居と、そしてこの上ってきた石段以外にはまったくと言っていいほど何もない場所だった。

 

「なにこれ、何もないじゃん・・・。神社ないじゃん。」

 

「ほんとだね、どっか移転しちゃったのかな・・・、それとも廃神社になっちゃって撤去されちゃったとか・・・かな。」

 

山の緑を背にストンとひらけたその場所の周囲からは、降り注ぐようにして蝉の声が聞こえてきている。二人は上り切ったその場所でキョトンとしてしまい、乱れた息を整えながらしばらく辺りを見回していた。

 

「っていうかさ、おばあちゃん、いなくない?」とナツミがぼそっと呟いた。

 

確かにその場所には、先ほどぼくたちの前をゆっくりとした歩みで石段を上っていた老婆の姿がどこにも見当たらない。ぼくはどこか見落としている細い道でもあるのかと思い、もう一度しっかりとその周囲を見渡してみたのだが、鬱蒼とした木々に覆われている山肌が見えるだけで、人が足を踏み入れられそうな場所があるようには見受けられなかった。

 

その時ナツミがものすごい力でぼくの左腕をギュッと握りしめた。何かと思ってナツミに目を向けると、彼女がちょうどその空き地の中央の上に広がる空の方に目を向けているので、自ずとぼくも彼女の見ている視線の先を見上げた。

 

そこには、老婆が浮かんでいた。

 

おそらくは先ほどの、石段を上っていたあの老婆だった。その老婆が宙に浮かんでいて、鋭い目つきで二人のことを見下ろしている。

 

周囲で鳴いていた蝉の声が何故か急にすべてピタリとやみ、蝉の声どころか、ぼくには周囲の音がまったくなくなったようにも感じた。

 

「ハッハッハッハッハッハッハッハッ!」

 

その時どこからかはよくわからないが、突然笑い声のようなものが響いてきた。それはカラオケボックスでマイクのエコーを最大限に設定した時のような響き方で、ぼくの耳が、ぼくの体全体がビリビリ震えるみたいにして鳴り響いた。ぼくは宙に浮かぶ老婆を身を固めたままじっと見つめていたが、老婆はこちらを睨みつけたままピクリとも動かずにいて、口を開いているような様子もなければ、笑っているようにも見えない。

 

するとぼくの横にいるナツミが、小さな声で何かを呟いているのに気が付いて、ふと金縛りが解けたようにして我に返り、彼女の方に目を向ける。 

 

「ヤツルギヤ ハナノヤイバノ コノツルギ ムカウアクマヲナギハラウナリ・・・」

 

ナツミが目を瞑って、何かブツブツと意味の分からない言葉を口にしながら、左手の人差指と中指を自分の額に突き立てている。すると次の瞬間、目をカッと見開いたナツミがその二本の指で宙に浮かぶ老婆を指差してから、何か数を数えるような言葉を発して老婆を指で何度も斬りつけるような動作をし始めた。

 

「ヒ フ ミ ヨ イツ ム ナ ヤ ココノ タリっ。」

 

ナツミの指越しにぼくが老婆の姿をじっと見ていると、彼女が「タリっ。」と言った瞬間に、なにか空間が捻れるようにして老婆の姿がおかしな形にうねってから、スッと消えてしまった。ぼくが呆気にとられたようにして彼女の顔を無言で見返すと、彼女はぼくの目を見て、左の口角を少し上げてニヤリと笑った。

 

「な、なにそれ・・・?」

 

「うお〜、久しぶりにやってみたけど、やっぱ効くじゃん、これっ!」

 

「あのおばあちゃん・・・、なにあれ・・・?」

 

「わかんないけどさあ、こういうとこに、ああいうのたまっちゃうんだよ。」

 

「ああいうの・・・?霊とかそういうやつ・・・?」

 

「ちがうの、あれはたぶんね、人間の霊とかじゃないの。ああやって、人間のフリしてね、遊んでるアブないのがさ、けっこういるんだよ。ちょっと先にもうここ降りよう、もっといっぱい出てきちゃったら、危ないもん。」

 

「おお、分かった、降りよう降りよう・・・。」

 

ぼくとナツミはその石段を半ば転がるようにして、急いで駆け下りた。

 

石段を下りて鳥居を抜けた瞬間、霊能力とかいうような特殊な力なんてまったく持ち合わせていないぼくにも、空気の質がガラッと変わったのがなんとなくわかったような気がした。

 

アパートまでの帰り道、昆虫採集が出来なかった代わりにソフトクリームが食べたいとナツミがしつこく言うので、小さな商店に立ち寄って、ソフトクリームではなかったが、ソフトクリームの形に近いアイスクリームを買ってあげると、「ちょ〜おいしい!夏休みっぽい!」と言って無邪気に喜んでいた。

 

「ねえ・・・、さっきのは、一体何だったの・・・?」

 

「ああ、あれねえ、あのおばあちゃん自体は・・・、わたしにもよくわかんない。だけどね、特にああいう神社とか寺とかってさ、もともと特別な穴の空いてる場所に建てられてること、すっごく多いんだよ。昔はさ、神道とか仏教とかじゃなくて、人がもっと古い信仰をもってる時にはさ、その穴を封じるために、そこにおっきな石をおいて祀ったり、人がいっぱい集まって祈ったりしてたんだけど、今はその名残だけで、それでそこに人間が何かの宗教施設建てちゃってさ、まあちゃんとしたやつだったら何かしら穴を封じる機能はあるみたいなんだけど、適当なやつとかさ、あとは、ちゃんとしたやつでも施設を取り壊しちゃったりすると、穴が空いたままになっちゃって、ああいうものが出てきちゃうんだって。」

 

「ああいうものね・・・、ああいうもの・・・。おれナツミがそんな風な、なに・・・、なんか呪文みたいなの使えるって・・・、初めて知ったよ・・・。」

 

「嫌いになっちゃった?」

 

「いやいや、そういうことじゃなくて・・・、ちょっとすごいなあって。」

 

「あたしのおじいちゃんに、小さい頃、教えてもらったの。あたしが一度、おじいちゃんと一緒にタケノコ採りに行ったときに、やっぱりああいうものに山で出くわしてさ、それはなんか、頭がグシャって潰れてて、その潰れた顔に目玉がいっぱいくっついてる裸の人間の、ちょっと異常にデカいさ、でも人の姿だったんだけど・・・、あたし怖くてギャアギャア泣いちゃったら、おじいちゃんが、ナツミ、あれが見えるのかいって。おじいちゃん時々、祈祷師みたいなこともしてた人だから。」

 

「そっかあ・・・。」 

 

「ねえ、ユウ、いっこさ、恐い話、してもいい?」と言ってナツミがこちらに子供みたいな悪戯な笑顔を向けた。

 

「えっ、いまさっきのことで、もうじゅうぶん怖かったけど・・・、さらにこわいの・・・?」

 

「さっきの神社での事件の続きの話だけど、ふふふっ。」

 

「事件ね・・・、たしかに事件だよ・・・、いいよ・・・、どんな話ですか?」

 

「あの神社の、さっきのおばあちゃんねえ・・・、昔ね、山に山菜採りに行って、行方不明になって、そのまま結局みつからなくて、戻ってこなかった・・・、あたしのおばあちゃんにそっくりだったの・・・、っていうかあれ、あたしのおばあちゃんだと、思うの・・・。」

 

「えっ!!!それマジで言ってんのっ!」

 

本当はコワい、夏休みっぽいこと。

 

「ウッソで〜すっ!おばあちゃんまだ実家で生きてるし、ユウ、そういうのすぐ信じるから、おもしろいね。」

 

「アホか・・・、ちょ〜ゾッとしちゃったよ今・・・、もう、頼みますよ・・・。」

 

二人が手をつないで歩く道を、もうすでに秋になったんじゃないかと思うような冷たい匂いを含んだ風が一陣、ビュウビュウという激しい息遣いをしながら豪快に駆け抜けていった。

 

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月白貉