ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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本当はコワい、写真の撮影はご遠慮ください。

「あの都内のど真ん中の有名な廃ホテルさあ、この間おれの学科の先輩が夜、見に行ったんだってさ・・・、そしたらやっぱりトンデモナイ迫力だったってよ!」

 

あれは、たしか私が大学三年の夏休みのことだったと思う。

 

高校時代に仲の良かった友人二人と久しぶりに再会して、私が当時暮らしていた一人暮らしのアパートで酒でも飲もうということになった。たいして金など持っていない貧乏大学生だった三人は、家で酒を飲み始める前に、まずは近所の焼き肉食べ放題の店で腹ごしらえだなということになった。一時間半食べ放題で980円、当時としてもずいぶん安い店だったと思う。もちろんその店でも酒は飲めるのだが、三人ともそんな贅沢はせず、まずは腹を満たすのが目的だった。高校時代柔道部に所属していた巨漢の織田は、焼き肉の食べ放題なのにまずはじめに大盛りのカレーを二杯も食べていたし、甘いものに目がない佐々木は、最初からデザートコーナーの苺のショートケーキとシュークリームを皿に山盛りに取ってくるという飛ばし様だった。ちなみには私は、そもそも小食な方なので、食べ放題というものがあまり好きではなかった為、普通にカルビやらロースやらと、キムチとスープと白飯を取ってきて、まあ肉や白飯は何度かおかわりなどしてから、最後に軽くデザートを取ってくるという、ありきたりの量で十分に満足してしまった。

 

そんな中、各々が食べたいものを食べたいだけ頬張りながら、ワイワイと話をしていた時、まあ真夏の夜ということもあってかどうかは知らないが、佐々木が大学の先輩に聞いたという怪談話のようなことを話し始めた。

 

「先輩がこの間、友だちと二人で都内の恐いスポットを肝試しで回ろうってことになったらしくて、いろいろ行ったんだってさ、例えば池袋の刑務所の跡とか、火事で潰れた永田町の廃ホテルとか、あとは例の首塚とかさ・・・。」

 

「えっ!!!あの首塚行ったのっ?マジかよ、夜だろ・・・?あそこ、まあ詳しいこと知らないけど、ヤバイってよく言うよな・・・。」

 

「らしいね・・・、あんなとこ遊び半分で行ったらなあ・・・、恐い云々とかじゃ、なさそうだよなあ・・・。で、なんか見たり聞いたりとかしたわけ?」

 

「いや、なんかカメラは持って行って、撮りはしたって言ってたけど、実際に行ってみるとさ、異様に気味が悪くて、どこもちょろっと見ただけですぐ帰ってきちゃって、家で酒飲んだってさ、ははははっ。」

 

「なんだよ・・・、ちなみに、写真にはなんか写ってたりしたのかなあ・・・。」

 

「ああ、それがね、あの廃ホテルで撮った写真に、なんかもうあそこ取り壊すらしくて、工事してるらしいんだけど、まあそれでもちょっとすごい迫力だったって言ってたけどさ、そこで撮ってた時にさ、すぐ横にも同じように見に来てるやつがいたらしくて、やっぱ同じようにカメラ持って見に来てるやつが写真撮ってて、あとで写真確認した時に、最初はなんか写ってるぞ!ってことになったらしいんだけど、そいつだったって。横で写真撮ってたやつじゃんってことになって、ホッとしたらしいよ。」

 

「ははは、この時期さあ、おれらみたいなアホな大学生とかが、みんな同じようなこと考えたりやったりしてるんだよねえ・・・。」

 

織田が肉をおかわりするために席を立ち、小走りにバイキングのコーナーに突き進んでいった。

 

「ただね、その写真に写ってたやつが、なんか建物とか撮るんじゃなくて、自分たちの方にレンズ向けて写真撮ってたような気がして、ちょっと違う意味で気持ち悪かったって、はははははっ。」

 

「なにそれ・・・、それちょっとやだなあ・・・。」

 

織田が皿に異常な量の肉をのせて戻ってきた。

 

「それほんと食べられるかよ、あんまりもう時間ないよ・・・。」

 

「そうだっ!」と、佐々木が突然、私の顔を指差して声を上げる。

 

「おれ、今日車あるしさ、これからさあ、どっか恐いスポット行ってみようぜ!シロちゃんカメラ持ってるでしょ、それ持ってさ!酒はその後ってことで。」

 

織田がジュウジュウと焼けている肉に真剣な眼差しを向けながら「いいねえ!」と、いい加減な返事をして大きく頷いている。私は正直言って、そういう場所に足を踏み入れるのがずいぶん嫌いだった。もちろん霊感などと呼ばれるようなものは自覚としては一切持ちあわせてはいなかったけれど。ただなんとなく直感的に行くべき場所ではないだろうという考えを持っていた。だから普段なら当然のごとく却下する提案だったのだが、久しぶりの友人との再会にずいぶんとテンションも上がっていた為、あまり何も考えずに、「いいねえ、行こうか!」と、安易に即決で同意してしまった。

 

焼肉店を出て佐々木の車に乗り込むと、私のアパートでカメラを拾ってから、さてどこに行こうか、という話になった。佐々木はものすごいテンションで「首塚っ!!!」と言っていたが、織田も私もあそこはちょっとやめたほうがいいだろうという意見で一致し、結局は例の廃ホテルに行くということになった。取り壊されるのであれば、今しかチャンスはないだろうというのがその理由だったが、今考えれば、「一体何のチャンスだっ!」と、ツッコミを入れるべき部分ではあった。

 

「これ、真っ直ぐかな?」

 

「おい、あれでしょ、あれ・・・?なんかもう周りが白いシートで覆われちゃってるよ・・・、見るの無理なんじゃないの?」

 

織田が指差す方向に、完全に異様な雰囲気を漂わせる廃ホテルの上層部だけが暗闇の中に浮かび上がっていて、三人ともしばらく無言になる。

 

ホテルから少し離れた路地裏までたどり着くと、佐々木が車を路肩に止め、そこからは歩いて近付いてみようということになった。先程までずいぶんテンションの高かった佐々木も織田も、どこかにそれを置き忘れてきたかのような状態で、やけにおとなしくなっていた。

 

「うわ〜・・・、暗っ・・・、なんでここだけこんな真っ暗なの・・・?」

 

「ホントだな、周りはあんなギラギラ電気ついてんのに、ここだっけ真っ暗だなあ、確かに怖いわ、これは・・・。」

 

「でもさあ、これ、もう完全に工事現場じゃん、封鎖されてるよ。周りもこのシートがあるから、まったく見えないし・・・。」

 

「無理っぽいなあ、写真も無理でしょ・・・、帰ろうか。」とつぶやく織田を先頭にホテルの上の方を見上げながら歩いていると、前方の暗闇の中に人影が浮かび上がっていて、三人とも急ブレーキをかけるようにしてキュっと立ち止まった。

 

そこには麦わら帽子をかぶった白い半袖シャツの男が立っていて、首から下げた一眼レフのカメラで何か周囲の写真を撮影している風だった。

 

「ビビったあ、ちょっとビビったな・・・、なんだよ人じゃん・・・。」と佐々木が小さな声で二人に耳打ちする。

 

「あれかな、やっぱみんな、このホテルを撮影に来るんだな、ふふふ。」

 

織田が佐々木に耳打ちをし返していると、突然目の前の男がこちらにレンズを向けて何度かシャッターを切ったのがわかった。一瞬私は三人の背後に何か撮影の対象になるものがあるのかと思って振り返るが、真っ暗な暗闇の中にアスファルトの細い道路が続いているだけだった。私は「えっ?」と小さな声を上げて正面に向きなおると、カメラを持った麦わら帽子の男は小走りで、前方の闇の中へ消えていってしまった。

 

本当はコワい、写真の撮影はご遠慮ください。

 

「な・・・、なに今の・・・?あいつ、なんでおれらの写真、撮ったの・・・?」

 

織田が「ビビったな・・・なんだよ・・・、ビビったな・・・なんだよ・・・。」と、その図体に似合わないような若干震えた声で何度も呟いている。

 

三人とも、いったい今なにが起きたのかをよく把握できず、凍りついたようにしてしばらくその場に立ち尽くしてしまう。その時、私は口にこそ出さなかったが、その三人のいる空間だけ音がまったくなくなっているような錯覚に陥った。いや錯覚ではなく、本当に音がなくなっているようだった。それがあまりにも不気味だったので、すぐにその時「車に戻ろう!」と声を発した。他の二人が私の声に過敏に反応して、二人とも同じように「戻ろう、戻ろう。」と声に出して言い始め、その場から走り去るようにして、街灯のほとんどない真っ暗な裏路地を、車まで戻った。

 

佐々木は他の二人が車に乗り込むと、車を急発進させてその場から走り出した。その時、おそらくは皆、佐々木と同じような気持ちだったのだと思う。

 

ホテルから遠ざかるにしたがってずいぶんと気分も穏やかになり始め、さっきのことを冗談として言い合うような雰囲気までになった頃、織田がトイレに行きたいというので通り沿いで目についたコンビニエンスストアの前に車を横付けした。

 

「ごめん、ちょっと行ってくる、大のほうだからちょっと長いかもっ!」

 

車から店内にはしってゆく織田を眺めながら「大小まで言わなくてもいいだろ・・・。」と佐々木がぼそっと口に出す。

 

「なあ、佐々木の先輩がさあ・・・、」

 

「うん・・・、おれもそれ思ったよ・・・、あの・・・、写真撮ったやつだろ、先輩が言ってたんだよ、デカい麦わら帽子かぶってたって・・・、同じやつじゃないのかな・・・。」

 

「あの瞬間、雰囲気おかしかっただろ・・・?なんか異常じゃなかった・・・、周りの雰囲気が・・・。」

 

「何となく分かる・・・、おかしかったと思う・・・。」

 

「あいつ一体何なんだよ・・・、なんであんなとこで、しかもなんでおれたちの写真撮ったんだよ・・・。」

 

「おれちょっとあとで、先輩に電話して聞いてみるわ。」

 

「ああ、なんかそれも、変なこと言われたら、ちょっと怖いけどな・・・。」

 

「まさかあの写真、送られてきたりしないだろうなあ、おれらに・・・。」

 

私はなんだか急に背筋に寒気が走り、無意識に後ろの道路を振り返ってしまった。あの麦わら帽子の男が、道路脇の薄暗い電柱の陰から、こちらにカメラのレンズを向けているような気がして、そんな妄想めいたものが頭の中を駆け巡って、しばらく離れなかった。

 

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月白貉