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ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

弟には見えるけれど、ぼくにはまったく見えない踏切の穴の話。

小説 小説-短編

「さて、今日はですね、地元ではちょ〜有名で、そして〜、ちょ〜ぜつ危険だと言われているスーパーな最恐心霊スポット!ここ〇〇市にある踏切に来ています!!!ちなみにですね、この時間にはもうこの踏切を通る電車は終電を終えているので、電車がこの踏切を通ることはありません!いや〜街灯とかまったくないですよ、真っ暗ですねえ・・・。」

 

夕飯を食べながらテレビのチャンネルをパラパラと変えていると、ある局で、この時期にありがちな恐怖の心霊特集云々と題した番組をやっていて、若手のお笑い芸人とグラビアアイドルらしき若い女性、そしておそらくはお決まりである付き添いの霊能力者風の五十代くらいの男性が、ぼくの地元の心霊スポットだとして確かに多く噂されている踏切の前で、ワイワイガヤガヤと騒いでいる画面が映しだされた。

 

「はい、今回はですね、ゲストになんとあの、今インスタグラムのちょ〜過激なセクシー写真でも話題の、深月マホちゃんが来てくれていますっ!!!」

 

「こんばんは〜、つ〜かですね、あたしこういうのまったく無理なんですよね、マネージャーに騙されましたよ、ほんっとムカつくっ!!!」

 

そう言って、ずいぶんと露出の激しい格好をしている深月マホと紹介された女性は、言葉とは裏腹にやけにニコニコとした笑顔をカメラ目線でこちらに放っている。

 

「そしてですね、今回も何かあった時の命綱、霊能力者の内田鳳翔先生にも来ていただいていますっ!先生、早速ですが、どうですかこの踏切?」

 

「ん〜、そうねえ、まずはそこにもうねえ、ひとり男の子が座ってますねえ、そこの手前の草が生えてる辺りね。」

 

霊能力者の男性が掌を開いてグルグルと回すような仕草をしながら、その草の生えている辺りを指し示している。

 

ぼくの横で、食事を終えた弟のシゲルがコーラを飲みながら真剣な顔をして画面に釘付けになっているが、その霊能力者がテレビの中でおかしな手の動きを始めてすぐに、ため息を付きながら「このおっさん、たぶんまったく見えない人だ・・・。」と、そうつぶやいた。

 

深月マホが「おとこのこっ!」と声を上げてやけに大きなリアクションをしている。

 

「実はですね、話によると、この踏切ではこの数十年の間に、非常に多くの死亡事故が起きているんですがっ、それがなんと、電車による接触事故ではないんですっ!先ほどもいいましたが、今この時間もう、終電は終わっているので、この踏切をですね、電車が通過することはありません!しかしですね、この踏切での事故のほとんどはなんと、このように、何も通らないはずの深夜の踏切で、起きているんですよ〜、いや〜、どうですか先生?」

 

「そうねえ・・・、例えばあのねえ、踏切の手前の・・・、」

 

「お兄ちゃん、テレビ、消していい?」とシゲルが唐突に言ったかと思うと、すでにテーブルの上のリモコンに手をかけていて、次の瞬間テレビの画面がシュンっといって真っ黒になった。

 

「なんだよっ、おれ観てるのにさあ・・・。」

 

「ごめん、でもあそこ、テレビとかでも見ないほうがいいよ、これ当然生放送じゃないだろうけどさ、それでもちょっとね、それにあの霊能力者とか呼ばれてるおっさん、まったくそんな能力ないどころか、別のもの持っててさ、たぶんだけど無意識に悪いもの集めちゃう人だよ、撮影の後、死んだんじゃないのかなあ・・・、あのおっさん・・・。」

 

「えっ・・・、なにそれ・・・、シゲル、あそこってそんなヤバイの?おれ行ったことあるよ、あそこの踏切・・・。」

 

弟には見えるけれど、ぼくにはまったく見えない踏切の穴の話。

 

「昼間でしょ?昼間ならまあ、大丈夫だと思うよ。でも、夜の深い時間とか、キーポイントになってる隙間の時間は、ヤバイなんてもんじゃないよ。」

 

シゲルは日頃からそういうことをよく言ったが、その類の話をするのは兄であるぼくの前でだけのようで、例えば学校の友人や、もちろん家でもぼく以外の父や母には、まったくと言っていいほど、そういう類のことは口にはしなかった。ただ、近所に住む母方の祖母のところにはなぜか自分ひとりで足繁く通っていて、父や母にはその理由をお小遣いがもらえるからと言っていたが、それが嘘だということをぼくは知っていた。

 

祖母は公にこそしていなかったが、昔からシゲルと同じように他の人には見えない何かが見えるようで、しかしそのことが原因で幼いころからずっと嫌な思いもしてきたようだった。それはおかしなものが見えて恐いというだけではなく、どちらかと言えば、そういう祖母に対しての社会からの目のほうが、圧倒的に祖母を苦しめていたようだった。

 

そしてなぜかシゲルと同じように、ぼくにだけは今でも、自分の見えるものの話をすることがあった。だからもちろんシゲルはそのことがあって、祖母のもとに通うのだと、ぼくはシゲル本人から聞いていた。

 

シゲルはコップのコーラをごくごくと飲み干してから「炭酸つよっ・・・。」とつぶやくと、また踏切の話をし始めた。

 

「あの踏切のすぐ先が、昔は森だったんだよ。おれもあの場所すっごく嫌でさ、いつかおばあちゃんに聞いてみたら、やっぱり鎮守の森だったはずだって。その森はちょっと特殊な場所で、周辺に住む人たちが集まって、何か儀式みたいなことをやってた場所だと思うって。だからあそこはちょっと空間に穴が空いててさ。それでたぶんだけど、森にある穴を塞ぐために結界みたいなものがはられてたはずだよ。なにか祠か社か、もしくは大きな石みたいなものが昔はあって。だけどたぶんあの道とか踏切とか作るために、森ごと壊されたんだよ。だから・・・、いまは完全に穴が野放しにされてる。」

 

地元での踏切の噂はテレビで説明されていたように、そこが死亡事故多発地帯なのだが何故かその多くが深夜の電車の通らない時間に起きていて、さらには死因も原因不明のものが多く、結局は漠然とその踏切で昔に死んだ霊の仕業だという、まったく意味不明な解釈で終わっているものがほとんどだった。実際の事故についてのことは、確かに時々新聞の地方枠などにも載ることがあったが、大抵は深夜の飲酒運転による踏切の警報灯類への衝突が原因だと書かれていた。

 

「その穴は、シゲルには見えるの?」

 

「実際に穴として見えるってのとはちょっと違う。例えばこうやってコップみたいに物質的に見えるわけじゃないんだよ。なんて言えばいいんだろうなあ・・・、例えばさ、クーラーの風が自分のとこだけめっちゃあたってて寒いよって時に、例えばバスのエアコンとかでさあ、天井に変な可動式の吹き出し口が付いてて、自分で調節したり閉じたり出来るじゃない。でも、もしさあ、その吹き出し口の、その穴が見えなかったとしても、だいたいその穴がどのあたりにあるかってこと、わかると思うんだよね。穴の大きさとかさあ、位置とかさあ。そういうのに近いかなあって、いまちょっと思ったけど、やっぱちょっと違うかなあ・・・。」

 

「クーラーかあ・・・。」

 

「あっ!お兄ちゃんさ、おばあちゃんに言って、引っ張りだしてもらったらいいかもよ、ゴラ玉をさ。そうしたら、どういう風に穴が見えるのかも、ちゃんとわかるよ。」

 

シゲルが手に持ったコップの端を中指で弾いて、キーンという高い音が鳴った。

 

「なに・・・、ゴラ・・・なんて言った?」

 

「ゴラ玉だよ、お兄ちゃんも持ってるって、おばあちゃん言ってたよ。」

 

「えっ、その・・・、つまりシゲルのその能力みたいなのは、おばあちゃんが引っ張りだしたってこと・・・?」

 

「いや、おれのは勝手に出てきたっぽいけど、その力をゴラ玉って言うんだって。で、お兄ちゃんもゴラ玉持ってるから引っ張りだすことも出来るはずだって、おばあちゃんが。」

 

「え・・・、いやあ・・・、おれはいいよ・・・、なんか今さら変なもの見えるようになってもなあ・・・、恐いし、いいよ・・・、穴見えなくてもさ・・・。」

 

シゲルは楽しそうに笑って、なぜか天井の方に向けて目をキョロキョロさせている。虫でも飛んでいるのかと思って、ぼくも同じように天井に目を向けるが、ぼくには何も見えない。

 

「ははははっ、やっぱりね、おばあちゃん言ってたよ、お兄ちゃんは嫌だって言うと思うって、引っ張りだしてあげるって言っても断ると思うって。それでね、お兄ちゃんにはゴラ玉よりも、もっともっとスゴイものがすでにくっ付いてて守護してるから、ゴラ玉は必要ないんだよって、そう言ってた。」

 

「えっ・・・、そうなの・・・、なにそのスゴイのって・・・?」

 

「おばあちゃんが言うにはさ、お兄ちゃんは背中にね、おばあちゃんのおばあちゃんを、いっつもオンブしてるからって。」

 

「ジュンのねえ、ジュンの背中には、いつも黄金色した見たことのない鳥みたいなのが、こうやって引っ付いてるんだよ。一見ちょっと禍々しいものにも見えるんだけど、それがすごい柔らかく光ってて、すごく力強くてねえ、おばあちゃんでもあんまり見たことのないようなすごいものを放っててねえ、あれっと思ってよく考えてみたら、あれは私が若いころに死んだ婆ちゃんだって、わかってねえ。婆ちゃんはゴラ玉を自分で作れちゃう人だったし、大きな闇穴なんかもねえ、自分の力で閉じちゃうんだから、すごかったんだよ。あの婆ちゃんオンブしてるなら、ジュンはな〜んにも心配なんかいらないだろうよ、きっとねえ。」

 

「さってっと、そろそろお父さんとお母さん帰ってくるから、おれは部屋行こ〜っと。」

 

そう言ってシゲルは台所を出て行った。

 

シゲルの話を聞いた直後に、背中に太陽の光があたった時のような何か強い熱を、一瞬だけ感じた。もしかしたらそれは、見えない何かがぼくに示した、知らない世界の片鱗だったのかも知れないと、ふとそう思った。

 

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月白貉