ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

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明
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祖父が教えてくれた、ハイパーコックリさんの話。

ぼくが小学生の頃だったと記憶しているが、学校でコックリさんというものが大いに流行ったことがあった。

 

コックリさんとは一種の占いのようなもので、一枚の大きな白い紙を用意して、その紙に鳥居の絵と五十音、零から九までの数字、そして「はい」と「いいえ」の文字を書き入れる。その紙の上に五円とか十円の硬貨を置き、何人かでその紙を取り囲んで硬貨を人差し指で押さえる。

 

「コックリさん、コックリさん、おいでください。」

 

そう唱えると、硬貨に何かの霊が乗り移り、参加者それぞれの質問に対して、指で押さえた硬貨の動きを使って答えてくれるというものだった。

 

流行った当初はこれを学校内での休み時間に面白半分に行う生徒が続出し、さらにはその最中に生徒の一人が気を失うという出来事があったため、学校側からの厳重注意の後、禁止されることになった。けれど、ダメだと言われれば言われるほどやりたくなるのが子供の性というもので、学校以外の場所では、その流行りはしばらく続いていた。

 

ただ、ぼく自身は一度もコックリさんには参加したことがなかった。確かに面白そうだし、多くの友だちがそのコックリさんなるものに夢中になっていた。だから当然ぼくもやってみたくて仕方がなかったのだが、それをグッとこらえていたのには理由がある。それは祖父の言いつけであり、約束だった。

 

「サトル、今ねえ、学校やなんかでみんながコックリさんってものを、してるでしょ。お前はもちろんだけれどね、他の友だちにも言っておきなさい。あれは絶対にやってはいけないよ。」

 

「なんで?」

 

「ちょっと間違えると、大変なことになるからだよ、あれは非常に危ないんだ。」

 

「なんで危ないの・・・?」

 

「あれはね、そもそも遊びじゃないんだよ。占いって言っても、そんな生易しいものじゃなくて、ずっとずっと昔の人たちがやっていた祭り事や呪術に近いことを真似たものなんだよ。だからましてやね、いまのお前たちのような子供がやるようなものじゃないんだよ。ちょっと間違えれば、大変なことになりかねない。例えばねえ、手が引きちぎられたり足がもぎ取られたり、それならまだいい方で、ジジにも、ママにもパパにも、もう二度と会えないような場所に連れて行かれてねえ、ゆっくりゆっくり体を喰われるようなことにだってなる。そうしたら嫌だろ?」

 

「くわれる・・・。」

 

「そうだよ、よくテレビやなんかでアフリカでさあ、ライオンがシマウマを喰ってるだろ。こうやって口で引きずり回して、肉を食い千切ってさ。コックリさんをやるとな、ちょっと間違えればさ、あのシマウマみたいに喰われることになる、わかったか?」

 

「何にくわれるの・・・?」

 

「そりゃあ、あそこに降りてくるものだよ。名前なんかないものだ。コックリってのはな、キツネとイヌとタヌキって漢字で書いて、狐狗狸だと言われてるけれど、ジジが昔聞いたのはな、あそこに降りてくるのはそんな可愛らしい動物じゃないんだよ。いわば・・・そうだなあ、悪鬼だ、鬼が降りてくるんだよ。」

 

「アッキ。」

 

「そうだよ、だからジジと約束だよ、絶対にあれはやったらいけない、いいね。」

 

「うん・・・、じゃあやらないけど・・・、やってるのを見てもダメ?」

 

「もちろん駄目だよ、見ててもおんなじことだよ。それになあ、あのコックリさんってのには、あの中心に降りてくるものとは別に、もうひとつ、その輪の外に降りて来て、やってる連中を見てるのがいるんだよ、見てていろいろ悪さをするのが。二つ一組で降りてくるってなあ、そう言われてる。まあ子供の遊び程度では降りては来ないだろうし、本来もめったなことがない限りは降りては来ないって言われるが・・・、実はそれが降りて来たらもっと危険でな、だからもちろんやっても駄目だし、見てても駄目だ。」

 

「えっ、それもアッキ?」

 

「それはなあ、ジジもよく知らないんだけど、まあ悪鬼の親玉みたいなもんだろうなあ。ジジの子供の頃には、婆さんがそれをゴンゴ様って呼んでたよ。カタブキ様とゴンゴ様が来るってな。ゴンゴ様が降りて来たらもう仕舞だよって・・・、あんなものが降りて来たらもう仕舞だって、言ってたなあ。婆さんは巫女やってたから、まあいいや、いずれにしても、これはジジとの約束だ、わかったな。」

 

「ゴンゴ様・・・。」

 

祖父が教えてくれた、ハイパーコックリさんの話。

 

祖父との約束の数日後に、同じクラスの清水くんに「今日ウチでコックリさんやるからさ、サットも来いよ!ちょっと新しいやつ、やるんだよ!!」と誘いを受けた。

 

「新しいやつって、なにっ?」

 

「なんかさ、コニシが塾で、東小のやつに聞いたっていうやり方で、今日やるんだよ!東小の近くにある古いお稲荷さんあるでしょ、あそこの裏の雑木林にさ、変なデカい石がいっぱい立ってるとこあるじゃない、遺跡みたいなとこ。あそこにいっぱい落ちてるさ、このくらいの石を拾ってきて、部屋の四隅に置くんだって!」

 

「その石はなんで置くの?」

 

「わかんないけど、なんか今までのよりもスゴイらしい!あとでコニシに聞いてみようぜっ!サットも来るでしょ?」

 

「いや・・・、ちょっと、ちょっときょうは行けないんだよなあ・・・、だから、新しいやつやったら、どんなか教えてよ。」

 

本当は清水くんにも、祖父と約束したように、祖父に言われたことを説明してコックリさんはやめたほうがいいと忠告すべきだった。ましてや古い神社の石を使ったような、新しいかなんだか知らないけれど、何か子供心にも怪しく禍々しく感じるようなおかしなやり方は危ないんじゃないのかと、祖父の話を聞いていたぼくは内心思っていた。でも一方で、その新しいやり方という響きに強く惹きつけられたぼくは、清水くんに対して、とめるのとはまったく反対の言葉をかけてしまった。

 

その日家に帰ってから、清水くんが言っていた新しいやり方のことを祖父に聞いてみようと思ったのだが、祖父はその日、親類の家に不幸があったとのことで、急遽その家に泊まりがけで出掛けてしまっていた。その夜、ぼくの頭の周囲をずっと、何かの悪い予感のような薄い影が動き回っているような気がしてならなかった。

 

次の日学校に行くと、教室に清水くんと小西くんの姿がなかった。

 

担任の先生は朝の会で、清水くんと小西くんが学校を休んでいることについてはまったく触れずに、「きょうの一時間目は予定を変更して、体育館で校長先生から大切なお話があります。」とだけ言った。そして体育館に集められた全校生徒の前で、校長先生から直々に、そして改めて、「みなさん、コックリさんは非常に危険なため、学校ではもちろん、家でも絶対にしてはいけません。」という話があった。

 

教室に帰ってからも、その日一日、先生は清水くんと小西くんのことには一切触れなかった。

 

その日、ぼくの頭の中にはずっと、祖父のおばあちゃんが言っていたというあの言葉と、サバンナのライオンがシマウマをむさぼり喰っている光景が交差して、繰り返し繰り返し、おかしな色を放ちながら浮き沈みしていた。

 

「それやるとなあ、カタブキ様とゴンゴ様が来るんだよ、それでなあ、ゴンゴ様が降りて来たらもう仕舞だよ・・・、あんなものが降りて来たら、もう仕舞だ・・・。」

 

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月白貉