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ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

あなたも部屋のドアをノックしたくなる、本当はコワい賃貸物件。

小説 小説-短編

「川田さん、ぼくね、最近引っ越したんですよ。」

 

私の職場の後輩で、と言っても部署はまったく違うのでほとんど面識はなかったのだが、会社主催のとあるイベントでの打ち上げの際に、会場に置き忘れてきた私の名刺入れをたまたま見つけて届けてくれたのが切欠で知り合ったのが、同じイベントに参加していた別部署のデザイナーの鈴木くんだった。

 

彼とは、その打ち上げの場で酒を飲みながらいろいろと話す機会を持った後に意気投合し、その後も時々二人で酒を飲みに行くことがあった。

 

「へえ、前は確か、西武新宿線の野方だって言ってたよね?」

 

「はい、そうですそうです。そこ、もうちょっとで一回目の更新の時期だったんですけど、ちょっと家の雰囲気があんまり好きじゃなくて、隣にもなんか、ちょっと無愛想でなにしてんだかよくわかんないおっさんが住んでたし、野方はすごく好きだったんだけど、引っ越したんですよ。」

 

「そっか、今はどこにいるの?」

 

西武池袋線椎名町です。」

 

「わお、池袋すぐじゃん、会社ちょっと近くなったんじゃない。おれ昔、江古田に住んでたんだよ。新宿線から池袋線に鞍替えしたのか。で、今の家はどうなの?隣に質の悪いやつとか住んでないの?」

 

「はい、新築なんですよ。だから綺麗だし、二階の角部屋なんですけど、となりは挨拶に行ったら若い女性で感じもよかったし、下は大家さんの使ってる物置らしくて誰も住んでないから、ずいぶんいい環境ですよ。」

 

「へえ、よかったじゃない。おれも東京来てから何度か引っ越したけど、賃貸って当たり外れあるもんなあ・・・。」

 

私がそう言うと、唐突に鈴木くんがテーブルに箸を置いて、天井を指差すようにして顔の前に人差し指を伸ばした。

 

「ただひとつだけ、ちょっと奇妙なことがあるんです。」

 

「おっと、なんだなんだ、まさか真夏の怪談話かっ!」と私は茶化しながら笑ったが、鈴木くんはちょっと口元に微笑みを浮かべたほどで、すぐに真顔に戻って話を続けた。

 

「家のドアが、ノックされるんですよ。インターホンついてるんでチャイムのボタンあるんですけど、ノックされるんです・・・。」

 

あなたも部屋のドアをノックしたくなる、本当はコワい賃貸物件。

 

「でたでた・・・、ほんとかよ?稲川淳二のパクリみたいな話じゃないだろうなあ・・・、おれ恐いの苦手なんだよ、やだよ、家帰ってから怖くなっちゃうよ、ノックとか・・・、ほんとのやつそれ?」

 

私はテーブルに置かれたおしぼりを特に意味もなく無意識に握っていた。

 

「はい、ほんとのやつです。でも怖いとかじゃなくて・・・、たぶんですけど・・・、ははははは、川田さんが何を怖いと思うかってのもありますが・・・。」

 

「やだなあ、ノックとかすでに完全に怖いよ・・・、まあでもいいや、それで?プロローグ聞いちゃったからには、最後まで聞くよ・・・、それで?」

 

「はい、それで、ノックされるのが夕方で、だからまあ休みの日にしかその時間家にいないから、ノックの音に気が付くのは、土曜とか日曜なんですよ。でも出掛けてることもあるから、そうそう頻繁にノックされるっていう感覚はないんですけど、家にいる時の夕方、ちょうど六時頃かなあと思うんですけど、コンコンコンって軽く、拳つくって指の関節のとこでドアを叩くみたいな音がするんです。」

 

「きたよ・・・、夕方とか・・・。で、見に行くんだろ、玄関の外、そういう話だろ、怖いやつじゃん・・・。」

 

「ははは、だって、最初はもちろん誰がノックしてるのかって見に行きますよね。前の家でも一度あって、チャイムが付いてるのにノックされたから何かなと思ってドアの覗き窓見たら宅配便だったんですけど、なんかすっごいおじいちゃんの配達員で、チャイムを鳴らすよりもノックの方に慣れちゃってるらしくて・・・。」

 

「なるほどな、それわかる、おれの実家すっごく田舎だからさ、チャイムなんか鳴らさないで、ノックしてからもうすぐに玄関入って来ちゃうもんな、宅配便のおっさんとか・・・。」

 

「ははは、田舎はそうかも知れませんね。まあだから、それかなと思って、その時も玄関の覗き窓見たんですけど、誰も居ないんですよ・・・。その時はあれっと思ってすぐドア開けたんですけど、やっぱり誰も居ないんです。だからサンダルはいて部屋の外出て、そっから一回下の通りを見た後、アパートの階段の踊場まで走って行って周辺を見渡したんですけど、まあ人は歩いてるけど、ノックしてから去って行った風の人は見当たらないんですよね・・・。」

 

私は無言のままワイングラスをクルクルと回して、グラスの赤ワインを口に含んでから話の続きを待った。

 

「それで、その後も夕方六時くらいに家にいると必ず、ドアがノックされて、やっぱり見に行くと誰もいないんです・・・。あ〜、これは心霊現象とかそういうやつかあ・・・、って思うじゃないですか。だからちょっと最初は怖かったんですけど、何回か後にはもう慣れちゃって、見にも行かなくなったんですよ。見に行かないと、何回か続くんです、コンコンコンがワンセットの、二三回かなあ、その時によって違うんですけど。でも、無視してても特に何も起きないし、放っておいたんですよ。」

 

「うん・・・、それで・・・?」

 

「ぼく彼女いるじゃないですか、一回ね、特にあえてそういう風に仕組んだわけじゃないんですけど、ノックの直後に彼女が家に来たことがあったんですよ!たまたま、約束してたんじゃなくて、たまたまです。ノックが止んですぐに今度はチャイムが鳴って、インターホンに出たら彼女で!」

 

「えっ・・・、こわっ・・・。なんか見たの・・・、彼女がなんか見たって話なの?」

 

「はい、完全にかぶってたから、彼女にすぐ聞いたんですよ!今玄関に誰かいたでしょっ!?って。」

 

「うん・・・。」

 

「そしたら彼女がね、誰も居なかったよって・・・。そんなことないでしょ、階段でもすれ違わなかったって聞いても、誰ともすれ違わないって、言うんですよ。やっぱり普通の人には見えない何かなのかなあと思って。でも試しに、猫とか鳥とか、そういうのは居なかったって聞いてみたら、それも居ないって、言うんですよ・・・。」

 

「ああ、野良猫って可能性もあるもんなあ・・・、でも決まった時間に野良猫がノックするのも、それはそれで怖いけど・・・。それで?」

 

「はい、だからちょっとしつこめに、なにかおかしいと思ったことは無かったかって、アパートについて玄関に来るまでに、気になったことはなかったって聞いてみたんです。そしたらね・・・、」

 

「う〜ん、おかしいことかあ・・・、あっ、う〜ん、別におかしくないかもだけど、階段上がってくる時にね、トシオの部屋のドアの前の空中を、なんかビニール袋?コンビニのビニール袋みたいなものがヒラヒラしてて、風でどっかに飛んでいったのは見たけど、捨てられてたコンビニの袋だと思ったけど、それくらいかなあ。」

 

「なにそれ・・・?そのビニール袋、なんか関係あんの・・・、ノックと・・・?」

 

「はい、で、まだちょっとだけ続きがあって、じつはその次の日が日曜だったんで、同じその時間に彼女と一緒にアパートの下の通りから、玄関のドアのとこ見てたんですよっ!なんかやっぱりちょっとだけ怖いってのがあったから・・・、今までもそれだけはやってなかったんですけど・・・、彼女にそのこと全部話して、外で確かめてみようって!」

 

「おう、話が佳境に入ってきたな・・・、彼女怖がっただろ・・・。」

 

「いや、あんまり怖がってなくて・・・、ちょっと変ったこなんで・・・、へ〜、いいよって即答で、ははは・・・、で夕方まで待って、六時十分前くらいですかねえ、アパートの下にすぐ自販機があって、そこから見上げるとちょうど柱の隙間から玄関のドアが見えるんですよ、そこで見てたんです・・・。」

 

「うん・・・。」と言って私はもう一度ワイングラスをクルクルと回したが、今度は飲まずにそれを手に持ったまま、じっと鈴木くんの口元を見つめていた。

 

「そしたら六時ちょうどくらいになって、見てたら、どこからかコンビニのビニール袋みたいな半透明の白いものが、どこからかわからないんですけど、ヒラヒラ飛んできたんですよ!それでちょっとびっくりして見てたら、ぼくの部屋のドアの前でしばらくフワフワ滞空してるんですよ・・・、いつもノックされてる時間と同じくらい・・・。そしたらその後すぐに風に舞うみたいにしてアパートの後ろの方に飛んでいっちゃって、見えなくなりました・・・。」

 

「えっ・・・、なんなの・・・それは・・・?」

 

「そうなんですよ、なんなのっ!って・・・思って。そしたらね、彼女ももちろん同じものが見えてたみたいで、でも・・・、彼女がそれ見てから、ふつ〜の感じで・・・、」

 

「一反木綿かなあ。」

 

鈴木くんはその彼女の言葉を聞いて以来、幽霊だと思っていた頃よりも、そのノックがずいぶん怖くなってしまったと、ボソリと、そう言っていた。 

 

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月白貉