ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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ハイドライド・スペシャルの魔法、あるいは真夏の夜の夢。

小学校が夏休みに入ってからまだ日も浅いカンカン照りの水曜日、ぼくが鮫島くんの家に着くと、いつものメンバーがいつものような顔を並べて、居間の畳に座ってお菓子を食べたりこぼしたりしながら、小さなブラウン管テレビを取り囲んでファミコンをやっていた。

 

鮫島くん、ヤンバー、カッチとタッツ、丸田、そしてぼく。ぼくのあだ名はカワウソだった。

 

ヤンバーの本名は山下、カッチとタッツは一卵性双生児で下の名前が勝二(カツジ)と竜人(タツト)、鮫島くんと丸田はもちろんそのまま、そしてぼくは川瀬。

 

鮫島くん以外は毎日毎日顔を合わせる同じクラスの友だちだったが、鮫島くんだけは違うクラスだった。けれどぼく以外の四人のメンバーが鮫島くんと同じ地区に住んでいて仲が良かったので、ぼくはちょっと離れた地区に住んでいたのだけれど、自然にそのメンバーに加わるようになっていた。

 

「さ〜め〜じ〜ま〜く〜んっ!」

 

「おっ、カワウソが来た!」

 

鮫島くんの家は和菓子屋を営んでいたので、饅頭や煎餅なんかの素朴なお菓子には事欠かず、いつだって鮫島くんの家の居間のテーブルの上には、古風なお菓子が山盛りに置かれていた。でも小学生だったぼくたちは、そんな年寄りがハムハムしながら食べるようなお菓子には目もくれず、なんたってカルビーのポテトチップスとか、うまい棒とか、ジャンクな駄菓子ばかりをガブガブと貪り、コカ・コーラやファンタオレンジなんかで喉に流し込んだ。

 

ぼくが小学生の頃はファミリー・コンピューター全盛期で、発売直後は品切れ状態が続いて買えない子供たちが続出し、まあ特に田舎だったからということもあるだろうが、ぼくもそのファミコン買えなかった組のひとりで、長らく家にファミンコンはなかった。

 

その後もしばらく、ぼくの住む地域ではファミコン品切れフィーバーは続き、平日にファミコンの在庫が入荷するという店の情報なんかがあると、学校を休んで親と一緒に買いに行く子供までいた。 別に子供まで付いて行かなくても、親が買ってくればいいだけの話だと思うのだが、なんであの時、学校を休ませてまで子供を連れて行ったのか、子供が行きたいとせがんだからなのか、それはよくわからない。ただある日、熱を出したから学校を休むと言って登校しなかった、ファミコンを持っていなかった中田くんが、次の日の学校で興奮気味にファミコンの話をしゃべりまくってしまって、休んだ理由が熱じゃなくてファミコンだったことが発覚、ちょっとだけ問題になっていたっけ。

 

ぼくが居間に上がって畳にあぐらをかいた直後、鮫島くんの母親が買い物カゴを持って居間に入ってきた。

 

「あら、川瀬くん、こんにちは。はい、みんな、アイス買ってきたから、食べてね。」

 

「わっ、クロキュラーじゃん!!!これ美味いよな。いただきます!」

 

デブのヤンバーは、まだ鮫島くんの母親がクロキュラーを買い物カゴから出す前に自分で引っ張りだして袋を開け、ベロベロと舐めだしている。

 

「ベ〜、べ〜、どう黒い?黒くなってる??これ美味いな。」

 

ヤンバーを無視して、他のみんなはテレビの画面に集中していた。

 

「おっ、全面クリアじゃん!!!すげ〜、やっぱ無敵すげ〜な!」

 

やっているのは六三四の剣だった。

 

「えっ、無敵技あんの?六三四の剣って。」と、ぼくはクロキュラーの袋を開けながらコントローラーを握っている鮫島くんの顔を見る。

 

「カワウソ知らないのかよ!」と丸田が馬鹿にしたような声を上げる。

 

「よし、じゃあ最初っからやってみようぜ。えっとまず、ちょっとまって、リセットして一回抜くね。そんでさ、最初っからね、まず六三四の剣入れて、こうして、普通に始めるんだよ。それで、ちょっとすすめてさ・・・、ここでリセットを押さないで、一回カセットを引っこ抜く!」

 

鮫島くんがファミコンのリセットボタンを押さずに、ガシャッとレバーを押して六三四の剣のカセットを引っこ抜いて、ニヤリとこっちを見た。

 

「えっ・・・!画面ガジガジになってるけど・・・大丈夫なの?」

 

「だいじょうぶ、それでここからが大切なんだけどさ、じゃ〜ん、これ、ハイドライド・スペシャル!ここでね、このままハイドライドを・・・、」

 

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鮫島くんの教えてくれた六三四の剣の無敵技はこうだった。

 

まず、六三四の剣のカセットを普通にファミコンにセットして起動して、少しプレイする。適当なところでプレイ中の六三四の剣のカセットをリセットボタンを押さずに引っこ抜く。画面がガジガジになる。そしてそこにそのままハイドライド・スペシャルのカセットを差し込んで、リセットを押して起動して、今度はハイドライド・スペシャルを少しプレイする。また適当なところでプレイ中のハイドライド・スペシャルのカセットをリセットボタンを押さずに引っこ抜く。再び、そこにそのまま、また六三四の剣のカセットを差し込んで、リセットを押して起動する。

 

そしてゲームを始めると、なんと主人公の夏木六三四が完全な無敵状態になる。

 

「すげえ、落っこちても死なないんだ・・・、上から出てくるんだ・・・、すげえなあ。」

 

目の前で行われた無敵に至る道程が、ぼくにはまったく理解不能だった。一体誰がこんな複雑怪奇なやり方を見つけ出したのだろうかと思った。

 

それは小学生のぼくにとって、まさに魔法のようだった。

 

まず当時、家に六三四の剣ハイドライド・スペシャルを同時に所有していた子供が果たしてどれくらいいたのだろうか。鮫島くんの家は比較的裕福な家庭で、ファミコンのソフトも山ほど持っていたから、当然その二本も鮫島くんのソフトだった。だからあるいは鮫島くん自身が見つけ出した裏技なのだろうかと思って、ぼくは鮫島くんに聞いてみたが、「いや、おれじゃないよ、あれっ・・・誰が言い出したんだっけ・・・?」と首を傾げていた。

 

その後、ぼくたちはしばらくするとファミコンをやめて、真っ赤な太陽が照りつける午後へと、走り出ていった。

 

あの頃、確かにファミコンは、ぼくたちの遊びの中でもイチニを争う楽しさだったが、それと同じくらいの時間、外を走り回って様々なことをして遊んだ。今思えば、ファミコンなんかに比べたら自分たちが考えだす自由自在な遊び方のほうが、どんなにか楽しかったのだろうと思う。だから、強敵ファミコンにさえも、まったく負けることがなかったのかもしれない。

 

その日はゴム風船に水を入れて、チームに別れて近所の駐車場でぶつけ合って、夢中になりすぎて見知らぬヤクザみたいな人の車に風船をぶつけてしまって、こっぴどく怒鳴られて、でもすぐにまたケロッと忘れて、そのままみんなビショビショの体で、バイバイと言い合って家に帰っていった。

 

ファミコンを持っていなかったぼくは、それから数日の間、寝る前になると必ず、何か夢でもみるようにして、ずっとハイドライド・スペシャルのことを思っていた。

 

そんな風が、ぼくのいつかの夏休みの日々だった。

 

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六三四の剣

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ハイドライドスペシャル

ハイドライドスペシャル

 

 

 

 

 

月白貉