ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

follow us in feedly

ウィザードリィ連続殺人事件 #1 狂王の試練場

噂というのは大抵の場合、それが広がれば広がるほどに、口伝えになればなるほどに、誰かの手垢に塗れれば塗れるほどに、大本の事実からはまったく別の姿に変形してしまい、あるいは違う色で塗り固められてしまう。

 

だから実際には原型の数パーセントほども、元の姿を留めていないのではないだろうか。

 

例えるならば噂とは、ある真実を模して作り上げられた質の悪い模造品である。つまりは偽物である。あるいは偽物に限りなく近いものである。

 

しかし噂は、真実の数を遥かに超えて世界に出回っていて、多くの人々がそれを偽物だとは知らずに求め、手に入れ、愛で、舐め、香り、味わい、誰かに自慢し、誰かがそれを欲しいと言えば手に入れられる場所を教え、あるいはそのもの自体を分け与え、また別な場所では、どうしても手に入れることが出来なかった誰かが、他の誰かから強引にでも奪いとり、争いが生まれ、そうやってどんどん、ある真実の偽物だけが世界を圧倒的に埋め尽くしてゆく。

 

ぼくがある噂を聞いたのは、家の近所の酒屋の女将からだった。

 

「ねえ、白田さん知ってる?きのうの事件のこと。確かまだテレビでも新聞でもニュースにはなってないらしいんだけどね。知ってる?」

 

ぼくは釣り銭を財布に戻しながら、何度か首を縦にふる。

 

「ああ、はいはいあの、あそこの廃墟で人が死んでたっていうやつですか・・・?」

 

女将は口元に右手を添えて、急にずいぶん声のトーンを下げて話を続けた。

 

「あらっ、そうそう、情報が早いわね!あの山川さんの店の隣のさ、廃墟の洋館のやつよ。あそこ今日はもう道路が封鎖されてて警察がいっぱい来てるでしょ。よくテレビのニュースで見るみたいな黄色いテープはってさ。ねえ。白田さんあそこ見に行ったの?」

 

「いや・・・、ぼくは見てはいませんけど・・・知り合いは見たって、今日の朝見たって言ってました。」

 

「あっ、そう。さっきあたし山川さんとこに用事があって自転車で行ってきたのよ。そしたらもう警察だらけ。なんかあの廃墟から死体が見つかったって、それもひとりじゃなくて六人だって、六人もよ、六人っていったら相当じゃない。山川さんの奥さんもね、警察にいろいろ聞かれたって言うのよ。何かしらねって聞いたらね、まあ警察はまだ調査中なのでわからないって言ってるらしいんだけど、ちょっと表に出てね、警察の話を聞いてたら、なんだかあのなに、ユーチューブってやつのなんだかでカメラ持って肝試しに来てた若い人が、勝手に廃墟に入って、建物の中で死体を見つけてとか、それで通報したらしいって。」

 

「あ〜・・・あそこ、幽霊が出るとかなんとかインターネットによく出てますからね・・・。」

 

「あっ、そうなのね、山川さんの奥さん前から言ってたのよ、時々夜中に廃墟が騒がしくてさ、なんか若い人が勝手に夜中に廃墟に入ってきて困るってね。最近のなに、そういう若いのはもうバカばっかりでしょ、マナーも悪いしね。でさあ、旦那さんがああいうちょっと血の気の多い人でしょ、だから注意しに行って怒鳴ってさ、一度チンピラみたいな人たちとトラブルになったこともあるんだって。だから警察にも何度か連絡してたらしいんだけどねえ。死体なんか出てきたらもう・・・犯罪者が入ってるかも知れないってことでしょ、わあ恐い、怖い怖い、ほんと困るわよ、取り壊したらいいのに、あんな建物ねえ。」

 

「まあ確かに怖いですね・・・。でもあの洋館、ずいぶん古くて立派なものですよね。今はボロボロですけど、なかなかああいう建物、探しても残ってませんよね。」

 

「ああ、そうねえ、なんか戦前まではね、外国の宣教師が、いや貴族だったかな、それが住んでたっていうわね。でその人もなんか、悪い死に方しただとかって聞いたけどねえ。頭がおかしくなってだか・・・あの家の庭で鎧着てカタナ持ってとかなんとか、ちょっと忘れちゃったけど、その後になんか日本人が買い取ったけど、そのあともなんだかトラブルがあって廃墟になったんだとか、みたいなね。で、いまはあの有様よ。」

 

「そうなんですね。あっ、じゃあ、すいません長居しちゃって、じゃあまた、どうも。」

 

「あっ、はい、どうもね、毎度有難うございます!またきてね!あそこ見に行ったらいいわよ、まだやってるから!」

 

ぼくは笑顔を引きつらせながら「ああ、はい・・・。」と言って頭を下げて、店を後にする。

 

女将の言っていた洋館の話の一部は、ぼくも以前聞いたことがあった。ただしそれはオカルトマニアの知り合いから聞いた完全なる噂話なので、真偽のほどはわからない。

 

かつてその洋館に住んでいたのはダニエル・トレボーという宣教師だったということ。

 

理由は分からないが彼はある日突然精神に異常をきたし、宣教師の活動を一切ストップしてたった一人で洋館の地下に穴を掘り出し、何年も掛けて屋敷の下に広大な迷宮を作り上げてしまう。そして最後に内側から迷宮の入り口を頑丈に封鎖して、自分は最深部の小さな部屋で長い眠りについてしまう。

 

いまでももちろん、その迷宮は存在していると言われている。

 

彼が一体何のために地下迷宮を作り上げたのか、なぜそのまま地下で眠りについたのかは、不明のままである。違法に手に入れた膨大な財産を隠すためだったとか、異端の聖書に記された予言を信じて迫り来る邪悪なものから身を隠すためだったとか、その屋敷の場所が古い信仰の地で、そこに巣食うなにものかに操られて地下に埋まった何かを探していたのだとか、そういった多くの噂が飛び交っているという、そういう噂話だった。

 

その知り合いから話を聞いた時、ぼくの頭の中にはあるゲームのことが浮かび上がって揺れ動いた。

 

ウィザードリィという、アメリカで作られたロールプレイングゲーム

 

f:id:geppakumujina:20160802115318j:plain

 

「佐々木さん、それってもしかして、ウィザードリィに絡めた都市伝説じゃないんですか?」

 

佐々木さんは、ほら来たとばかりに、そしてここぞとばかりに自慢気な笑みを浮かべた。

 

「でしょ?そう思うでしょ?でもさあ、おれの聞いた話によればね、この場所の物語こそが、実はウィザードリィの元になってるって話なんだよなあ。知ってた?知ってた?知らないでしょ〜、これね、けっこうレアな話だよ。」

 

follow us in feedly

 

ウィザードリィ

ウィザードリィ

 
ウィザードリィ・コレクション

ウィザードリィ・コレクション

 

 

 

 

 

月白貉