ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

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ほんとうに恐い怪談を書くのは、ほんとうはほんとうに難しい話。

花火は好きだが、花火大会なんてもので、わざわざ怒涛の如き人混みに洗われながら、もみくちゃになりながら、空に散る花火なんか見ても、ひとつも楽しいものだとも、美しいものだとも思えない。

 

「あの橋のね、欄干にこうやって、ちょいと肘なんか掛けて見るとね、随分良く見えますよ。」

 

ある湖で行われた花火大会の夜、ぼくは、湖からはるか遠くの誰もいない川沿いの場所から、その湖の上に打ち上がる花火を静かに眺めていた。

 

柿の木が目の前を塞いだ隙間からわずかに花火の片鱗が見えるような景色だったが、そのほうがよっぽど情緒のある色合いで、美しいと思った。柿の木の葉の隙間の闇に淡く光り散る様々な色の火花が、何か小さな生き物の営みのようで、少し不気味な色を帯びて消えゆくそのわずかな瞬間、死にゆくような瞬間に、快感でゾクッと鳥肌がたった。遥か彼方で打ち上がる花火の音が、ずいぶん遅れてぼくの体に響いてくることも、なにか刹那的で、悲鳴の残響のようで、胸に迫り来るものを感じた。

 

しばらくそうやって、遠くの空に打ち上がる花火を見ていると、ぼくの横を、スーッと白髪の角刈りをした老人が通りすぎてからしばらく、再び踵を返して戻ってきたその老人がぼくに言った。

 

「あの橋のね、欄干にこうやって、ちょいと肘なんか掛けて見るとね、ずいぶん良く見えますよ。」

 

「あっ、ほんとうですか、じゃあちょっとそこまで行って見てみようかな。」

 

老人はウンウンと頷きながら、その場所で苦しそうにゲホゲホと咳をした。

 

ぼくは老人に言われたとおり、数十メートル先の橋まで歩いてゆき、花火が見えやすそうな欄干の場所に見当をつけて肘をかけてみるが、一向に花火が見える場所が見つからない。あの老人はいったいどの場所のことを言っていたんだろうと思い、いろいろな場所で試してみるがまったくわからないので、あきらめて先ほどの場所まで戻ってみると、先ほどの老人がその場所に立って、ゲホゲホと咳をして、前かがみになって地面を見つめている。短い角刈りの白髪が、先ほどよりも幾分乱れているような気がする。

 

「だいじょうぶですか・・・?」

 

「ええ、ええ、ちょっと体が悪くてね。どうです、あの橋の欄干に、こうやってちょいと肘なんかかけたら、よく見えたでしょ。」

 

ほんとうに恐い怪談を書くのは、ほんとうはほんとうに難しい話。

 

ぼくは一瞬考えてから、「ええ、いい場所をご存知ですね、ここよりも視界が開けていて、打ち上がる花火がずいぶんよく見えました。」と老人に応えると、老人は顔を上げてこちらを睨みつけた。

 

「あんな場所から花火なんか見えやしないよ。あんた何を見てきたんだい。よく見えるのは、あたしの吐いた血だよ、さっき食べた米や魚なんかが混じった血が、川に流れてて、ずいぶんと綺麗だっただろうに、もう一度よく見てきてくださいよ!」

 

お題「怪談」

 

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月白貉