ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

久松よ、永遠なれ。

ぼくは自分のぬか床を持っている。

 

数年前に東京に住んでいる頃にもぬか床を持っていて、確か二年ものくらいだったと記憶しているが、それはちょっとした管理不足でダメにしてしまった。

 

東京を離れた今、再度ぬか床を育てようと思い立ち、今度は完全に無農薬の玄米を購入するところから始め、精米のために小型の精米機も購入して、少量ずつせっせとぬか床を増やしていった。最初は小さなガラスのタッパーに入るほどだったぬか床、それから約二年がたった今、やっとかめに入れられるほどの量まで成長した。

 

ぼくが愛用しているかめは、久松(キュウマツ)の常滑焼である。

 

かつて浅草の合羽橋の問屋街で購入してきたその久松のかめを、ついに再びぬか床で満たす時がやって来たのだ。ぼくにとっては一大イベントである。

 

しかし、ふとその時、虫の知らせか何か知らないが久松のことが気になって、インターネットで久松を検索してみると、数年前まではあったはずの久松のホームページがなくなっている。

 

http://www.kyumatsu.co.jp/

 

いろいろ調べてみると、なんと久松は2013年の10月末に廃業してしまっていた・・・。以下の久松の常滑焼を扱うWEBショップの説明書きに詳しいことが書かれている。

 

 

以下に引用してみたい。

 

2013年10月末、陶磁器製漬物容器の国内トップシェアメーカー「久松」が廃業しました。 弊社ではその際数多くの久松製品の確保を致しましたが、それも残りが少なくなってきているばかりか、既に在庫が底を尽きた製品も出るようになってきてしまいました。 久松の廃業以降、毎日のように日本製の漬物容器をお探しのたくさんのお客様からお電話を頂き、私共も心苦しさでいっぱいでした。 それでも譲って頂ける業者さんにお願いし、久松製品をかき集め、廃業から2年以上経った今でも何とか販売を続けております。 毎日のようにお電話を頂いてる現状、久松製品の再販売を心待ちにしているお客様がいらっしゃること、そして何よりも漬物容器として本当に素晴らしい製品であること。 社内で検討を重ね、弊社で扱える最後の1個になるまで久松製品を扱っていこうと決断をしました。

 

陶磁器製漬物容器のトップシェアメーカーが廃業してしまうとは、日本はいったいどんな国に様変わりしてしまったのだろうかと、がっくり肩を落とす。日本の漬物の未来が闇に閉ざされてゆくのは時間の問題なのだろうかと、拳を握りしめた。

 

しかしながら、この久松のかめを扱う柳屋さんは、上記にもあるように「弊社で扱える最後の1個になるまで久松製品を扱っていこうと決断をしました。」とある。なんとも素晴らしいことだ。この一文を涙無くしては読めなかった。いずれハリウッドあたりが『KYU-MATSU』と題して映画化するであろう話である。

 

そしてさらに驚くべきことには、この柳屋さんでは今年になってから、廃業したはずの久松のかめがなぜか再入荷したらしく、まだまだ最後の久松を入手することが出来るようなのだ。

 

久松よ、永遠なれ。

 

そしてその理由も、その顛末も、ホームページ上に「なぜ今、久松のかめがあるの?」として、物語られている。それはここではあえて触れないので、以下のリンクから読んでいただきたい。奇跡のような話である。

 

 

そんなわけで、もしまだ、あの久松の常滑焼を未体験の方、あるいはこれが最後のチャンスとなるかもしれない。今からでも遅くはないので、ぜひひとつ、久松の常滑焼を手に入れておくべきであると、ぼくは思うのである。

 

それにしても、日本の伝統的な漬物容器のトップメーカーが廃業するとは・・・、日本人はいまや、ぬか漬けを捨て去って、朝食にはピクルス、酒の肴にはザワークラウトでも貪るようになってしまったのだろうか。

 

ウチではいまでも、朝食も酒の肴もぬか床で漬けた生粋のぬか漬け、ぬか漬け至上主義である。ウチのぬか床に関しては以下の記事に詳しので、ぜひ、お誘い合わせの上、読んでいただきたい。

 


久松よ、永遠なれ。

 

 

 

 

 

月白貉