ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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あの日のドラゴンクエストIII そして伝説へ・・・

その日、ぼくの目に映った東京の街は、もうすでにまったく見慣れたものではなくなっていて、どこか見知らぬ場所に迷い込んだような気がして、少し心細かった。

 

東京を離れてから、もう五年の月日が流れた。

 

たくさんのものをこの場所に置き去りにしてしまったあの日のことを、時々今でも思い出して、息が苦しくなることがある。いつかまた東京で暮らす日が来るんじゃないかと、そう考えることもあるが、それは今はわからない。

 

もう三十年近い付き合いだった数少ない友だちのひとりが、仕事中に車の事故に巻き込まれて死んだという知らせを受けた。だからぼくは彼の葬式に出るために、夜行バスに乗って早朝の東京に降り立ち、そこから電車を乗り継いで、彼の自宅がある埼玉で行われた告別式に、その連絡をくれたもう一人の友だちと共に参列して、その日の深夜バスに乗るためにまた東京に戻ってきて、渋谷駅前の薄汚れた焼き鳥屋で、バスを待つまでの間、そのもう一人の友だちと酒を酌み交わしていた。

 

五年ぶりに東京に戻ってきてみると、ほんとうにぼくはここに十八年間も暮らしていたんだろうかと不思議に思うほど、何かが変ってしまったように感じた。ただもしかすると、変ってしまったのは東京ではなく、ぼくの方なのかも知れない。

 

「もう篠沢と一緒に酒飲むことはないんだな・・・って思うと、やっぱりちょっと寂しいよな。」

 

「そうだなあ、最後にあいつと酒飲んだのさ、おれが東京を離れる三日前だったんだよ。二人で、あいつの実家の近くの居酒屋でさ。また戻ってきたら酒飲もうよって約束したんだけど、あれから五年、なかなかタイミングが合わなくて、結局もう飲めなくなっちゃったな。」

 

「もう、ずっと向こうで暮らすの?」

 

「さ〜、どうかな、よくわかんないよ。でも東京にいた時みたいに、気兼ねなく誰かと酒飲むことなんてまったくなくなっちゃってさ。遠くに来ちゃったんだなあって、漠然と寂しくなることもある。」

 

「そっかあ、そうだよなあ。」

 

しばらく二人は黙って酒を飲んで、葱間や手羽先やつくねを頬張った。

 

「いつだったかな、高校の時かな、篠沢とおれと川ちゃんでさ、篠沢のウチでドラクエスリーやったの覚えてる?」

 

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「ああ、やったなあ。覚えてる覚えてる。」

 

ドラクエの話しててさ、川ちゃんが久しぶりにやろうぜって言い出したけどワンもツーも篠沢のウチにはなくて、結局スリー。それからしばらく篠沢のウチ行く度にドラクエやっててさ。」

 

「よく覚えてるなあ。」

 

「ピラミッドに、黄金の爪って武器が隠してあるじゃん、武闘家が装備できる最強の武器、あの隠し階段がどこにあったか、おれと篠沢は忘れちゃってたんだけど、川ちゃんは覚えててな。」

 

西田は酒に酔って真っ赤な顔をして、ガハガハ笑いながらしゃべっていた。

 

「あ〜、そんなのあったなあ、もうたぶん覚えてないだろうなあ、あの場所。装備してると敵とのエンカウント率がめっちゃ上がるやつでしょ。たしか呪われてる武器で装備すると取れなくなるんじゃなかったっけ?違ったかな?」

 

「ああ、そうそう、なんかそんな感じだった気がする!」

 

「あの武器さあ、たしかゲーム内に出てくる誰も情報を持ってないんだよな。ピラミッドには呪われた武器が隠されているらしいとか言う村人とか出てこないんだよ。だからさ、普通にやってたら見つけられるはずないんだけど、おれどうやってあの場所知ったんだっけ・・・雑誌見たのかなあ。」

 

そうやって下らない話をしながら、同年代の古い友だちと酒を飲むのは久しぶりだった。もしかしたら、篠沢がぼくのことを気遣って、そういう時間を作ってくれたのかもしれないと思って、なんだか不思議な気持ちがして、そして無性に寂しさがこみ上げてきて、ドラクエスリーの話をしながら、涙がこぼれてきた。

 

「川ちゃんどうした・・・。」

 

「いや・・・、なんか寂しくなっちゃったよ。」

 

「そうだな・・・きょう、篠沢も酒飲みながらドラクエの話できればよかったな。」

 

そう言って西田も、真っ赤な顔をしながら涙を流した。

 

半ば中年のおっさん二人が大酒を飲みながら、ドラクエスリーの話をして涙を流していた。

 

そしてぼくは、渋谷の深夜バスのりばで、別れ際に西田と固い握手を交わし、また酒を飲もうと約束した。西田の手は熱く力強かった。その約束が手の届かない場所に消え行く前に、いつか果たされればいいと、そう思った。

 

長く静かな深夜バスの車内で、ぼくはあの日のドラゴンクエストスリーのことを、ぼんやりと思い出していた。

 

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ドラゴンクエストIII

ドラゴンクエストIII

 

 

 

 

 

月白貉