第八話『記憶の歪』- 午前0時の、本当は怖いけれど誰も読まない、普通の階段の怪談 -
まだ前の話を読んでいない方、この話には前があります。まあ、特に何の変哲もない、しかし本当は怖い、普通の階段の話ですがね。
ダイキさんが玄関のチャイムを鳴らしたのは、その二十分ほど後のことだった。
「わりいな、休みの日なのに・・・。なんかちょっと大変なことになってるみたいでさ、ユカから電話で聞いただろ、小林がいなくなったって・・・。まあとりあえず店でユカが待ってるから、行ってから話そう。」
ぼくはダイキさんと一緒に車でアルテミスに向かった。
「警察が来たんですか?」
「まあな、店から帰った後の足取りがわからなくなってるらしいから、まあそれを聞きに来たみたいだよ。いちおうユカが最後に電話で話してるだろ。だから、そのことも聞かれたみたいだけど。」
「体調が悪いからって、ぼくにそう言って先に帰ったって・・・、小林くん、そう言ってたんですよね・・・。」
「ああ、そうらしいな。」
その後、店に着くまでの間、ぼくは車の中では一切口を利かずに、ある事柄だけを何度も何度も繰り返して考えていた。時間にすれば十数分という短い間だったが、ぼくにはずいぶんと長い時間のように感じられた。
もし小林くんの言っていることのほうが本当だとしたら、いったいぼくはあの時誰を見ていて、誰と話をしていたのだろうか。あの時もう小林くんが店にはいなかったのだとしたら、ぼくの横にいた、小林くんの姿をしたものは、一体何だったのだろうか。
それともぼくの記憶に何らかの障害が起きていて、例えば時間の概念だったり、あるいは空間の概念だったりが湾曲していて、誤った認識を持って記憶してしまっているのだろうか。いや、いままでにそんな経験はないし、誰かにそんな言動を指摘さたこともない。
午前二時ちょうどに、小林くんからの着信履歴がぼくの携帯電話に残っていたということは事実として存在する。だから午前二時ちょうどに、小林くんがぼくに電話をかけたか、もしくは小林くんの携帯電話の中に登録されているぼくの電話番号が発信対象として選ばれて作動したということになる。あるいは別の誰かが小林くんの携帯電話を持っていて、午前二時ちょうどにぼくに電話をかけたのか。
小林くんは、その時ぼくと一緒にカウンターの中にいて向かい合って話をしていた。ぼくの見た限りだと、携帯電話を触ってなどいなかったはずだ。ぼくはそう認識している。だから、例えば可能性としては、目の前にいた小林くんの携帯電話の発信ボタンが、椅子に座ったタイミングとか、何かのはずみで押されてしまい、たまたまぼくの電話番号にかかってしまったとしか考えられなかった。ただ、たとえそうだとしても、その後の状況を踏まえて考えれば、そんな仮説などまったく意味を成さない。そこで果たして小林くんが電話をかけたかどうかなんてことよりも、もっと不可思議で異常なことが多すぎて・・・、
「おしっ、着いたぞ、起きてるか?」
「あっ、はい・・・。」
店の前には、ユカさんが不安そうな顔を浮かべて、立っていた。
月白貉