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ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

第七話『闇に飲み込まれる人々』- 午前0時の、誰も降りてこない、階段の怪談 -

小説 小説-短編 小説-階段の怪談

まだ前の話をお読みいただいていない方、この話には前があります。まあ、ほとんど誰も昇り降りしないような、普通の階段の話ですがね。

 

 

バナナの最後の欠片を口に含んだまま、ぼくはすぐにバックパックを背負い、ダイキさんとユカさんの家を後にする。

 

ポケットの中にピカチュウがいることにはいささか違和感を覚えたが、邪悪なものからぼくを守ってくれる強力なお守りだと思うことにしたら、その異物感はまったく消え失せた。

 

それどころか、ポケットの膨らみから心地よい光さえも感じるような気がし始めた。ちょっとした考え様で、世界の見え方は大きく変わる。けれどそれが出来る人は、きっと多くはないだろう。

 

ささやかな眠りを終えて目覚め、そして自分の足で立って世界を歩いてみると、そこはいつもとまったく変わらない、普通の日曜日だった。

 

夏の太陽は普通の太陽のように熱く眩しく、蝉が普通の蝉のように鳴き叫んでいて、風はもちろん普通に、風のように吹いていた。ただその世界の中で、ぼくの体の周囲にだけ薄く粘ついた膜のようなのがものがはられている気がしてならなかった。それはおそらくは昨夜の出来事にはまったく関係のない、単にいつもと違った場所での眠りがもたらした軽い副作用のようなものかもしれない。

 

人は多くの些細な事柄を、悪いことに、より悪いことにと結びつけて考えてしまう習性を持っている。身の内に不安や、あるいは闇を抱えていないと生きていけないかのように。ある意味では、不安や闇は正常値を保つために必要不可欠なものかもしれない。世界に光と闇があるように、対極のものがなければバランスは崩れてしまう。しかし、そうやって闇を抱え込みすぎて、どこかで人知れず苦しみ、終いには静かに闇に飲み込まれる人々がいる。

 

家に帰ったぼくは、シャワーを浴び、たまった洗濯物を洗濯し、それをベランダに干した。そこまでしてしまってから、ベットに腰を下ろして、しばらく風に揺れる洗濯物を眺める。洗濯物の先に広がる空を眺めてみる。そして、今日は特に何も予定はなかった、と、そう書かれた小さな紙切れを、頭の中で思い描いてみる。昨夜の出来事が、その紙切れのずっと先に小さな黒い靄のように見え隠れするが、次第にその影は見えなくなる。後に残ったのは、予定のない予定が記された紙切れだけだった。

 

第七話『闇に飲み込まれる人々』- 午前0時の、誰も降りてこない、階段の怪談 -

 

部屋の隅に置かれた小さな時計に目をやると、午後一時ちょっと前。

 

「一時か。」と声に出して呟きながらベットに寝転ぶと、パックパックの中で携帯電話が鳴る。ベットから起き上がって携帯電話を手に取ると、それはユカさんからの電話だった。

 

「はい、もしもし。」

 

「あっ、もしもし、おはよう、ユカです。まだウチにいるの?」

 

「いえ、もう自分の部屋です。鍵、かけてきました。あとバナナ、頂きました。ごちそうさまでした。」

 

「そっか、わかった。えっとね、いまね、アルテミスの方に警察が来て、小林くんが昨日の夜から家に帰っていないって、ご家族の方が警察に届けたらしくて、事情を聞きに来たんだけど、あのあと小林くんから電話あったりしたかな?」

 

「えっ、警察・・・。いや、昨日の夜中の着信が最後です。今日の朝、何度か電話してみたんですが、ずっと留守電で・・・。ユカさん、昨日話したんですよね、電話で。」

 

「そうなんだよ、その時は、体調が悪くなったから川田くんに言って先に帰ったって、そう言ってたんだよ・・・。」

 

「え・・・、いや、そんなことなかったと思うんですが・・・。」

 

「それでね、申し訳ないんだけど、きょうこれから何か用事がある?もしなければ、今からアルテミスまで来られるかな?ダイさんが家まで車で迎えに行くからさ。」

 

「あ、はい、用事はないです。わかりました、じゃあ用意して待ってます・・・。」

 

「ごめんね、じゃあダイさん、今から向かうから、ごめん、よろしく。じゃあ、また後でね。」

 

「はい、わかりました。」

 

頭の中で紙切れが揺らめくと、その裏側には黒く湿った芋虫のようなものが、へばり付いて蠢いていた。

 

お題「怪談」

 

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月白貉