ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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午前0時になったので、誰も読まないのは承知だが、本当は怖い階段の怪談、その続きが愛おしい方へ。

まだ前の話をお読みいただいていない方、この話には前があります。まあ、もう午前0時ですから、誰も読んでなどいないはずですがね。

 

 

部屋の天井の蛍光灯は、パチ、パチパチパチ、パチ、パチパチ、パ、チ・・・、という不規則な音を奏でながら、一本が三十秒か一分かほどの間隔で、着実に消えてゆく。正直に言うと、その時間的な感覚は恐怖に歪められてしまって、まったく定かではない。

 

さらには、何本か目の蛍光灯が消えた段階で、それが何かの規則に従っているんじゃないかということに、ぼくはうっすら気が付く。どんな規則なのかはまったくわからないが、すべての蛍光灯が真似っこ遊びでもし始めているように、同じリズムと同じタイミングで消えてゆく。そこには何らかの意志が介在していると感じざるを得なくて、身にたまる恐怖のゲージが否応無しに上がってゆく。

 

マイクを右手に握りしめた小林くんが、部屋のソファーに斜めに仰け反ったまま、この世の終わりのような顔をして天井を見上げて、石像のように動かなくなっている。ぼくもマイクこそ握っていないが、同じ類の石像のようなもので、体を硬直させたまま消えてゆく蛍光灯から目が離せなくなる。ひとつ蛍光灯が消えるごとに、思い合わせたように小林くんとぼくは目だけを動かしてお互いを見つめるが、ただそれだけで、この状況の打開策など一切見当たらないまま不動金縛りの状態は続き、蛍光灯はいっぽん、またいっぽんと、消えてゆく。

 

ちなみに言っておくが、ぼくはいわゆる霊感などと言われるものは自覚としては持ち合わせていない。

 

これまでの人生で、透明な人型のものを道端で見たこともないし、旅行先の部屋で掛け軸が飛び交うなんてことを経験したことも、一度としてない。身内に唯一人、そういった傾向を持つ人がひとりだけいるにはいるが、その影響やら、あるいは血筋がぼくにまで及んでいるとは、あまり考えたことがない。

 

ふと、ある時に店長が言っていた言葉が頭をかすめる。

 

「このビルさあ、ちょっと・・・どころか、ずいぶん怖いんだよね。霊とか、そんなレベルの話じゃなくてさ。二階、特に三階は、夜怖いんだよ・・・、夜はホントやばいよ、もうね、笑っちゃうよ、ははははは・・・。」

 

そういえば、店長が深夜の業務に、こと午前0時を過ぎてから店に残っているのを、ぼくは一度として見たことがない。単純にぼくはそれを、店長の特権だと思っていたけれど、そうじゃなかったのかもしれないと、その時初めて思った。

 

瞬間的な時間というものは、場合によっては怖ろしいほど長くて、それはスローモーションなんていう生易しいものではない。だから、そのわずかな瞬間に、体は動かないのだけれど、いろんなことを考えてしまう。死ぬ間際の走馬灯って話は、あながち例えではないのかもしれない。

 

平日の店が暇な夜に、店長と二人だけでカウンターの中にいると、彼女はよく実体験に基づいた不可思議な話をすることがあった。幼いころに体が弱く、長い入院生活を余儀なくされていた時期があったらしく、その時にすいぶん怖ろしい体験をしたのだという。

 

例えば深夜、病室で寝ている最中に尿意を催して・・・、

 

「川田くんっ!!!!!」

 

小林くんが、今まで聞いたことのないような、半ば嗚咽のような声を上げたのでぼくはびっくりしてソファーから立ち上がってしまう。天井を見上げると、七本目の蛍光灯が、パチ、パチパチパチ、パチ、パチパチ、パ、チ・・・と消えてゆく。部屋の中はもう、電気を付けていない状態とさほど変わらないくらいの暗がりで、お互いの顔もよく見えない。さっきまでは気が付かなかったが、異常に濃密な湿気を感じる。

 

「出よう!!!外に出ようよ!!!!やばいよ、電気、電気!!!」と、暗がりの中で小林くんが叫んでいる。

 

部屋の天井には、最後の一本の蛍光灯が絵巻物の陽炎のように光っているが、あれが消えたらここで一体何が起こるんだろうということさえも、刹那的な恐怖の力が強すぎて、ぼくにはあまりよく考えられていなかった。ただ一方ではもちろん、ぼくも小林くんのように、その電気消滅のタイムリミットに、理不尽に追い立てられている状況に、押しつぶされていた。

 

薄暗い部屋の中で、小林くんがソファーの上でダンゴムシのようにうずくまっているのが幽かに見受けられる。

 

長いのか短いのかよくわからない時間が、しばらく空間を彷徨う。

 

しかし、最後の蛍光灯は消えない。

 

午前0時になったので、誰も読まないのは承知だが、階段の怪談の続きが愛おしい方へ。

 

それからどれくらいの時間が経ったのかもよくわからない。店の個室には時計が備え付けられていないので、数字的な時間の感覚がまったくわからない。ただ、いつまでたっても、最後の蛍光灯が消えないまま、暗闇の中での時間が流れてゆく。すべては終わったのかもしれないと、ぼくは思った。日常生活の中に、そんな異常な、あるいは物語みたいな恐怖などありえないんだ。そう自分に唱えている部分があった。

 

最後の、八本目の蛍光灯はいつまでたっても、消えないままだった。

 

しかしまだこの先の、暗闇が待ち構えていた。

 

お題「怪談」

 

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月白貉