ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

follow us in feedly

遠足のおやつにバナナが入らない理由

時々、スーパーマーケットには「ワケあり!」などと書かれた、定価からずいぶんと価格を下げた商品が置かれていることがある。

 

例えば野菜だったら、曲がってしまって見栄えの悪いキュウリだとか、育ち過ぎて二メートルにも達した化け物みたいなズッキーニだとか、あるいは高濃度の放射能に汚染されてピンク色に変色しているけれども、そのことを隠蔽して出荷されたシイタケだとか、まあいわゆる、ワケあって通常の値段ではなくベンキョウさせていただきますよ、という商品である。

 

その日スーパーに買物にゆくと、青果コーナーの果物の並ぶ棚に、「特価!!ワケありバナナ、ご縁がありますように五円ポッキリ!」と書かれたポップが立てられていて、青々とした若々しいバナナが大量に積み上げられていた。ワケありの価格は五本のバナナが入った一袋が、ポップにも書いてある通り何と五円である。

 

「これ安いね、一袋買っていく?」

 

買い物カゴを腕にぶら下げたサチコにそう聞くと、なにやら怪訝な顔を浮かべている。

 

「どんなワケなのかな・・・。最近、食品って危ないじゃない。こういう当たり前にある当たり前のスーパーでもさ、簡単に嘘をついたり情報を隠蔽したりするじゃない、金のためには。CIAかKGBかっつ〜のってくらいにさ、真実を隠すじゃない。」

 

ぼくはバナナの袋をひとつ手にとって、何か産地やら散布された薬品やらの情報が記載されていないかを確かめてみた。

 

「日本語でガニメデ産って書いてあるシールがはられているけど・・・その下に書かれた言語がまったくわからない・・・これ何語だろう。」

 

サチコは「はっ?」と言って、ぼくが手に持ったバナナの袋を、イタリアのヒッタクリが日本人観光客からバックを奪い取るようにして、もぎ取った。

 

「ガニメデってどこの国!?」

 

「さあ・・・ガニメデかあ。ガニメデっていうと、確か木星の衛星の名前だと思うけど、それと同じ名前を持つ国なんて、おれは知らないなあ。どこか東南アジアとか中南米の方にそんな国があるのかなあ・・・。よくタコにはさあ、モーリタニア産って書いてあるじゃない。あのモーリタニアを最初に見た時には、アフリカの方のモーリタニアなんて国を知らなくて、いったいどこの国だよって思ったけど、ガニメデかあ。」

 

遠足のおやつにバナナが入らない理由

 

サチコは何度も何度もバナナの袋をクルクルと回しながら、袋の表面を舐めるようにして睨みつけている。

 

「この間もさ、鶏肉に産地が書いてないから店員に聞いたら、岩手か宮崎だと思うのですが・・・ちょっと聞いてきますねって言ってさ、ジュンも聞いてたでしょ。戻ってきたら、そのどちらも入っているそうです・・・って、はっ!?混ぜてるってことでしょ!なんで混ぜる必要があるのかって言えばさ、何かをごまかしたり隠したりしてるってことじゃないかと、あたしは思うわけよね。」

 

「確かに、あの回答は酷すぎて笑えたね。」

 

サチコはバナナの袋を棚に戻しながら、また「はっ?」と言った。

 

「ぜんぜん、笑えないよ。そして、この、ガニメデ産のバナナは、買いません。本当に木星の衛星のガニメデで作りかねないよ、昨今のこの世界はさ。」

 

ぼくとサチコはバナナの棚を通りすぎて、スーパーの奥深くへと進みだした。

 

「もし本当に地球外のガニメデで作ったバナナだったら、ずいぶんなコストがかかってると思うけどね・・・なんで五円なんだろう。」

 

サチコは豆腐の並ぶ棚に手を伸ばしている。

 

「実験だよ、実験。日本人を使った実験です。政府の上のほうが、国民には隠してさ、いつものことだよ、日本国民を使用した人体実験を許諾いたしましたって話でしょ、きっとね。豆腐は絹がいいんだよね?」

 

「絹がいい。」

 

サチコは絹ごし豆腐をカゴに二パック入れると、大きく手を振りかざして鮮魚コーナーを指差しながら、足早に進んでゆく。

 

「ガニメデの土壌に含まれるさ、生物に極めて有害な物質の影響が目に見えて現れるのが、例えば人間に関して言うと摂取してから十年後だったとするよね。でもさ、日本国家はさ、実験を開始してまだ二年しか経っていないのに、その有害物質には人体に悪影響はないっていう結論付けをして、ガニメデ産のバナナの正式な輸入とか販売を許可するんだよ。だからもし今日ね、あのバナナを買って帰って、ジュンとあたしが食べちゃってさ、十年経ったある日、耳から黄緑色の膿みたいなものが噴出して止まらなくなってさ、いろいろ調べてもらうとさ、体内に十センチくらいある未知の寄生生物が大量に発生しててさ、もう手遅れで、体内を食い破られて激痛の末に、死ぬんだよ。それでね、その死体からさ、寄生生物も飛び出てくるけど、それと一緒に何かの胞子みたいなものが世界に撒き散らされて、地球の自然環境は破壊されて、いずれガニメデ化するっていう筋書きに一票、きっとそうなる。」

 

「そりゃ怖いね・・・。」

 

「そりゃ怖いよ、だからあのバナナは、絶対に買いません。」

 

「あのバナナ、安いから、みんな買うだろうなあ・・・買ってさ、遠足のおやつに子供に持たせちゃったら、大変なことになるね・・・。」

 

サチコはこちらを向かないでケラケラ笑った。

 

「大変だね、阻止しなきゃいけないね。まずは、子供たちの未来を考えて、バナナを遠足のおやつから廃止するところからスタートだな。」

 

サチコはそう言って、シジミのパックをカゴに入れてから、精肉のコーナーに突進していった。

 

お題「今日のおやつ」

 

 

 

 

月白貉