蝿(ハエ)の能力値が高すぎて恐怖を感じる件について
部屋が蒸し風呂のように暑いので窓を開け放っていたら、一匹の大きな蝿が入ってきて部屋を飛び回りだした。
最初はそのスピードが早すぎて、網膜剥離でも起こして、いもしない羽虫が飛ぶのが見えているのかと思っていたけれど、やはり虫が飛んでいた、蝿だ。
夕食の準備をし始めると、食材に接触しようとしだしたので飛ぶ速度が弱まり、いよいよ蝿だと認識出来始めた。
家にはハエ叩きなどという高度な道具がないので、新聞紙を丸めて対応しようとするが、一向に歯がたたない。
すると台所を一瞬離れて居間で飛び交い始めたので、伝家の宝刀、殺虫剤を吹きかけてみるが、ちょっとフラフラするくらいで逆に移動速度を早めてしまい、どこかに行方をくらましてしまった。
はてどこかと探しまわっていると、開け放たれた食器棚の戸の枠の内側の影に、こっそりと身を隠している。明らかに人間が見えない場所というものを熟知している。
怖ろしい。
そのスピードもさることながら、人間対応マニュアルが身に組み込まれているのが、なんとも恐ろしくてならない。
こちらも必死なので、その場所を見つけると、ハッと目が合う。
すると今度は居間においてあるiMacの上まで高速で飛んでゆき、そこに止まったかと思うと、背後に身を隠すようにゆっくりとモニタの後ろに歩いてゆくが、行ってみると、もちろんそこには、いない。
誘導トラップである。
こちらの行動を完全に読んでの、罠を持つ動きを展開し始めている、殺虫剤を喰らっているのにだ。
怖ろしい。
気付くとまた台所にいる。
あれは完全に瞬間移動の能力を持っているはずだと、確信する。
結局、死闘は一時間に及ぶ。
最後は殺虫剤乱舞からの新聞稲妻落とし、こちらも必死である。「とりゃあ〜っ!!!」と叫んで叩き潰して殺した。勢い余ってそのまま床に手を叩きつけて、血を流す。
怖ろしい。
もしあれが、小さな体ではなく人間と同等のサイズだったら、初見でこちらが瞬殺されていることは間違いない。勝てるはずがない。
一匹の名も無き蝿は殺したが、生きた心地がしなかった。
月白貉