顔色ブック
「おれさあ、あのフェイスブックってもの、使ったことないんだけど、つっちゃんは使ってるの?」
はるか遠くに雨をたっぷり含んだ真っ黒な雲が浮かんでいて、けれどいつになってもこちらには流れてはこず、かと言って遠ざかるわけでもなく、ずっと彼方にいて、素知らぬ顔をしている。だから店長とぼくの、二人の上の空はずっと、突き抜けるような水色のままだった。
その日の天気予報は大雨だったけれど、店長から電話がかかってきて「海を見に行こう。」と言うので、ぼくはいま彼と一緒に海にいて、缶ビールを飲みながら浜辺に座って海を見ている。
「使ってますよ、でもつながってる友だちは、三人だけです。そのうちのひとりはこの間別れた彼女だし、ひとりは去年交通事故で死んでしまった地元の友だちです。最後のひとりは、まだ生きている友だちだけれど、だた登録しているだけで何も書かないから、ぼくがやってることは、まあ言わば自分で日記を書いて、それを読み返しているようなものですね。」
「日記かあ、おれも友だちなんてほとんどいないから、もしはじめたら、自分で日記書いて自分で読み返すことになるのか。おれ日記って続いたことないからなあ。じゃあ、やっても仕方ないか。でも、つっちゃんと友だちになれば、もれなくつっちゃんの日記が付いてくるわけだな。」
ぼくは空になったビールの缶を砂にグリグリとねじり込みながら笑った。
「日記って言っても、アホとかバカとか死ねとか、誰かや何かの悪口ばかりですよ、まあ大抵は日記なんてそんなものかも知れないけれど、読んでもおもしろくもおかしくもありませんよ。」
「そっかあ、悪口ばっかりか。フェイスブックって英語、どういう意味なんだろうな。」
「どういう意味ですかね。」
「職場の同僚がさ、フェイスブックに変なこと書くなって会社で言われてて、上司に見られたらしくて、怒られててさ。聞いたら別に会社の悪口とか上司の悪口とか、そういうことじゃないらしいんだ。ごくごく個人的な意見だったらしいんだけど、なんだっけな、まあそんなことが先週あったよ。」
「そうですか、なんだかおかしな世の中ですね。」
「おかしな世の中だよな。誰かの顔色伺いながら日記を書けってことかな、ファイスブックの意味。」
「たぶん、それ正解ですね。」
雨雲はいつになってもはるか遠くで、二人の空はいつになっても水色だった。
月白貉