ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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顔色ブック

「おれさあ、あのフェイスブックってもの、使ったことないんだけど、つっちゃんは使ってるの?」

 

はるか遠くに雨をたっぷり含んだ真っ黒な雲が浮かんでいて、けれどいつになってもこちらには流れてはこず、かと言って遠ざかるわけでもなく、ずっと彼方にいて、素知らぬ顔をしている。だから店長とぼくの、二人の上の空はずっと、突き抜けるような水色のままだった。

 

その日の天気予報は大雨だったけれど、店長から電話がかかってきて「海を見に行こう。」と言うので、ぼくはいま彼と一緒に海にいて、缶ビールを飲みながら浜辺に座って海を見ている。

 

「使ってますよ、でもつながってる友だちは、三人だけです。そのうちのひとりはこの間別れた彼女だし、ひとりは去年交通事故で死んでしまった地元の友だちです。最後のひとりは、まだ生きている友だちだけれど、だた登録しているだけで何も書かないから、ぼくがやってることは、まあ言わば自分で日記を書いて、それを読み返しているようなものですね。」

 

「日記かあ、おれも友だちなんてほとんどいないから、もしはじめたら、自分で日記書いて自分で読み返すことになるのか。おれ日記って続いたことないからなあ。じゃあ、やっても仕方ないか。でも、つっちゃんと友だちになれば、もれなくつっちゃんの日記が付いてくるわけだな。」

 

ぼくは空になったビールの缶を砂にグリグリとねじり込みながら笑った。

 

「日記って言っても、アホとかバカとか死ねとか、誰かや何かの悪口ばかりですよ、まあ大抵は日記なんてそんなものかも知れないけれど、読んでもおもしろくもおかしくもありませんよ。」

 

「そっかあ、悪口ばっかりか。フェイスブックって英語、どういう意味なんだろうな。」

 

「どういう意味ですかね。」

 

「職場の同僚がさ、フェイスブックに変なこと書くなって会社で言われてて、上司に見られたらしくて、怒られててさ。聞いたら別に会社の悪口とか上司の悪口とか、そういうことじゃないらしいんだ。ごくごく個人的な意見だったらしいんだけど、なんだっけな、まあそんなことが先週あったよ。」

 

「そうですか、なんだかおかしな世の中ですね。」

 

「おかしな世の中だよな。誰かの顔色伺いながら日記を書けってことかな、ファイスブックの意味。」

 

「たぶん、それ正解ですね。」

 

雨雲はいつになってもはるか遠くで、二人の空はいつになっても水色だった。

 

顔色ブック

 

 

 

 

月白貉