ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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復活ゾンビ

「これ、ノスタルジア、この間も話したけど、おれはこの映画、好きだったよ。見応えもあったし、水が綺麗だった。隣で一緒に観てたサツキ先生は、映画が始まってすぐに眠っちゃって、映画終わるまで起きなかったけどさ。タルコフスキーの映画に立ち向かうには、彼女はまだ若すぎるんだろうな、きっと。じゃあこれ。おれはもう観ちゃったし、中古で180円で買ったやつだから、返さなくてもいいよ。つっちゃんにあげるよ、記念に。」

 

店長はそう言って、肩にかけたバックからケースに入ったDVDを取り出してぼくに手渡した。ケースにはレンタル専用と書かれたシールが貼り付けてあって、ひどくぼろぼろだったが、いくらレンタル店の放出品だからといって、タルコフスキーの作品が180円で売られているなんて、近頃はいったいどんな世の中なんだろうかと思った。

 

「えっ、何の記念ですか?」

 

グウィネス・パルトロウに傘借りた記念。」

 

「いや、グウィネス・パルトロウ似ですよ、あくまでも似です、綺麗な人だったけれど。でもDVD、ありがとうござます。観て、今度、感想を言います。」

 

「うん、ちょっとは元気になったみたいでよかった。ほんとうに死んじゃいそうな顔してたもんな、もしくはすでに死んでる顔をしてたよ、この間はさ。ロメロの映画にノーメイクで出られるよな、あの時だったら。サツキ先生も心配してたよ。つっちゃんとんでもなく繊細だからなあって、大丈夫だろうかって、まさか死ぬとは思えないけど、ってさ。正直言うと、さっきチャイム鳴らしても出ないから、部屋で死んでるかもなって、おれは思ってたけど。」

 

「はい、大丈夫です、ゾンビながらも生きてますから。」

 

店長は赤い傘を軽く上下に動かしてから、「じゃあ、おれはサツキ先生と待ち合わせしてるから。」と言って、図書館の方に向かって歩き出した。まだ雨はまったく弱まらず、彼の持つ赤い色の傘に、これでもか、これでもか、というくらいに降り注いでいた。ぼくはしばらく駐輪場で傘をさしたまま、彼の姿が小さくなってゆくのをぼんやりと眺めていた。強い風に吹きつけられて、雨が横殴りにぼくを濡らしていた。

 

ぼくの目に映る世界の中で、店長の姿が握りこぶしくらいの大きさになった頃、真っ直ぐで真っ黒に濡れた道路の上で彼がこちらを振り返って、柄にもない大声を出して、「ゾンビは死んでるしっ!」と叫んだ。いつだって彼は物事を考えるのに時間が掛かる。けれどいつだって、ぼくの話をしっかりと時間を掛けて考えた上で、答えを返してくれる。そういうところが、ぼくは好きだった。彼は再び傘を上下に動かしてから歩き出した。そしてまた大きな声で、「おつかれ!」と叫んでいた。

 

一体何が「おつかれ」なんだろうかと思って可笑しくなったが、ぼくも小声で「おつかれさまでした。」と呟いてから、傘を閉じて部屋に戻った。

 

 

 

 

 

月白貉