復活ゾンビ
「これ、ノスタルジア、この間も話したけど、おれはこの映画、好きだったよ。見応えもあったし、水が綺麗だった。隣で一緒に観てたサツキ先生は、映画が始まってすぐに眠っちゃって、映画終わるまで起きなかったけどさ。タルコフスキーの映画に立ち向かうには、彼女はまだ若すぎるんだろうな、きっと。じゃあこれ。おれはもう観ちゃったし、中古で180円で買ったやつだから、返さなくてもいいよ。つっちゃんにあげるよ、記念に。」
店長はそう言って、肩にかけたバックからケースに入ったDVDを取り出してぼくに手渡した。ケースにはレンタル専用と書かれたシールが貼り付けてあって、ひどくぼろぼろだったが、いくらレンタル店の放出品だからといって、タルコフスキーの作品が180円で売られているなんて、近頃はいったいどんな世の中なんだろうかと思った。
「えっ、何の記念ですか?」
「グウィネス・パルトロウに傘借りた記念。」
「いや、グウィネス・パルトロウ似ですよ、あくまでも似です、綺麗な人だったけれど。でもDVD、ありがとうござます。観て、今度、感想を言います。」
「うん、ちょっとは元気になったみたいでよかった。ほんとうに死んじゃいそうな顔してたもんな、もしくはすでに死んでる顔をしてたよ、この間はさ。ロメロの映画にノーメイクで出られるよな、あの時だったら。サツキ先生も心配してたよ。つっちゃんとんでもなく繊細だからなあって、大丈夫だろうかって、まさか死ぬとは思えないけど、ってさ。正直言うと、さっきチャイム鳴らしても出ないから、部屋で死んでるかもなって、おれは思ってたけど。」
「はい、大丈夫です、ゾンビながらも生きてますから。」
店長は赤い傘を軽く上下に動かしてから、「じゃあ、おれはサツキ先生と待ち合わせしてるから。」と言って、図書館の方に向かって歩き出した。まだ雨はまったく弱まらず、彼の持つ赤い色の傘に、これでもか、これでもか、というくらいに降り注いでいた。ぼくはしばらく駐輪場で傘をさしたまま、彼の姿が小さくなってゆくのをぼんやりと眺めていた。強い風に吹きつけられて、雨が横殴りにぼくを濡らしていた。
ぼくの目に映る世界の中で、店長の姿が握りこぶしくらいの大きさになった頃、真っ直ぐで真っ黒に濡れた道路の上で彼がこちらを振り返って、柄にもない大声を出して、「ゾンビは死んでるしっ!」と叫んだ。いつだって彼は物事を考えるのに時間が掛かる。けれどいつだって、ぼくの話をしっかりと時間を掛けて考えた上で、答えを返してくれる。そういうところが、ぼくは好きだった。彼は再び傘を上下に動かしてから歩き出した。そしてまた大きな声で、「おつかれ!」と叫んでいた。
一体何が「おつかれ」なんだろうかと思って可笑しくなったが、ぼくも小声で「おつかれさまでした。」と呟いてから、傘を閉じて部屋に戻った。
月白貉