豆苗は何日目に蘇るのか? - 第三日目『楽園』 -
豆苗というのは、ここで改めて言うとエンドウの若菜である。
このエンドウの歴史は古く、古代オリエント地方や地中海地方で麦作農耕の発祥とともに栽培化された豆だと言われる。またその原種は近東地方に現在でも野生しているそうである。
日本には中国を経由して九世紀から十世紀頃に伝わったとされていて、現在日本で栽培されている品種にはウスイエンドウ、キヌサヤエンドウ、オランダエンドウなどがある。
またこのエンドウは古代エジプト第十八王朝のファラオ、かのツタンカーメンの墳墓からも発見されており、ツタンカーメンの墳墓を発掘した考古学者のハワード・カーターはこのエンドウの種子をイギリスに持ち帰り、その後栽培に成功したとされている。そのエンドウは現在「ツタンカーメンのエンドウ」と呼ばれて流通しているらしく、ぼく自身はお目にかかったことはないが、どうやら鮮やかな紫色の鞘を持っているようである。
さて、ツタンカーメンの墳墓発掘後に、ハワード・カーターを援助していたジョージ・ハーバート、日本ではカーナヴォン卿として知られている人物であるが、彼が謎の急死を遂げる。またカーナヴォン卿だけではなく発掘に携わった数名も同じく、謎の急死を遂げている。
これは俗に「王家の呪い」とか「ファラオの呪い」、あるいは「ツタンカーメンの呪い」と呼ばれるものであり、ファラオの墳墓発掘に携わった者は呪われるとして恐れられたが、後にでっち上げだとして報道され、その謎は解明されてはいないので、真相は定かではない。
この豆苗話でも何度か言及しているが、生の豆類には毒成分が含まれているという話、あるいはそのツタンカーメンの墳墓から発掘されたエンドウの種子は、食用ではなく特殊乾燥により毒成分を増大させた暗殺用のエンドウボールで、それを知らずに興味本位で口に入れてしまったカーナヴォン卿はその毒によって急死したのかもしれないという説を、ぼくからは投げかけておこう。
ちなみに、このツタンカーメンの呪いに関して、シャーロック・ホームズの作者として知られるイギリスの作家サー・アーサー・コナン・ドイルは、墳墓を荒らすものに対して仕掛けられた致死性のカビトラップだという興味深い説を上げている話は有名である。
またタイタニックの沈没には、とあるファラオのミイラが関わっているという話さえあるが、これもゴシップだとして片付けられている。
ただぼくは、世の中にはまだまだ人間の知り得ない謎は大いに隠されていると信じて疑わない質なので、すべてを理論づけて片付けてしまう人間の傲慢さには、時折失望したりする。
第三日目、豆苗はまだ蘇らないが、一歩ずつ一歩ずつ楽園に向かいつつある。はじめに天に登り始めた若菜を追って、地の底から無数の若芽が群れをなして手を差し伸べ始めた。先をゆく若菜は、さながらインヘルノから不死の者共をパライソへと導く者のようでもある。これは奇跡の前触れなのか、あるいは破滅の罠か。いずれにせよ、豆苗の蘇りは間近に迫ってきている。
2016年5月12日 月白貉 記
月白貉