ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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佐比売山黒雲坊(サヒメヤマコクウンボウ) - 『新日本妖怪事典』 -

石見国出雲国の境に聳える三瓶山には、「佐比売山黒雲坊(サヒメヤマコクウンボウ)」という妖怪がいる。

 

天候のすぐれない日、三瓶山の頂あたりに山を覆うような巨大な人型の影が現れて山を叩き地を鳴らすという怪異で、この姿を見たものは三日三晩高熱を出して寝こむが、一度見てしまえばその後は何度見ても熱は出さないと言われる。

 

また姿は見えなくても、山から地鳴りのような音が聞こたり、異様な黒い雲が山頂を覆ったりした時には、この佐比売山黒雲坊が出たものとされている。

 

この三瓶山周辺には「次第高(シダイダカ)」という怪異も伝わっていて、出会った人が見上げれば見上げるほど背がずんずんと伸びてゆく人影のような妖怪がいると言われている。これは「見越し」とか「見越し入道」とか言われる妖怪の類で、狸や鼬が化けたものだという話もあるが、佐比売山黒雲坊もこの類の怪異かもしれない。

 

また、この怪異とは別に、三瓶山には佐比売山黒雲坊という天狗が住んでいるという。

 

日本全国の名だたる山にはそれぞれ主としての天狗が住んでいて、すべて名前がつけられている。例えば京都の二大天狗といわれる「愛宕山太郎坊(アタゴヤマタロウボウ)」や「鞍馬山僧正坊(クラマヤマソウジョウボウ)」がそれである。

 

山陰地方にもそういった天狗が幾つかいて、鳥取には「大原住吉剣坊(オオハラスミヨシツルギボウ)」や「伯耆大山清光坊(ホウキダイセンセイコウボウ)」、また隠岐にも「都度沖普賢坊(ツドオキフゲンボウ)」というのがいる。

 

ちなみに鳥取の大山にいた伯耆坊はいまは相州大山に移っていて、「相模大山伯耆坊(サガミオオヤマホウキボウ)」となっている。これは神奈川の相州大山にいた相模坊が崇徳上皇の霊を慰めるために四国の白峰に行ってしまったための後任である。もちろん今四国の白峰にいるのは「白峰相模坊(シラミネサガミボウ)」といって、もとは相州大山にいた天狗である。天狗事情もなかなか奥が深い。

 

そういった天狗のひとりとして三瓶山にいるのが佐比売山黒雲坊で、その天狗が怪異を起こしているとか、天狗の影が雲に映っているとか言われて、三瓶山の大入道のような妖怪にはこの天狗の名が付けられたのだという話もある。

 

さらには、『出雲国風土記』が伝える「国引き神話」にも登場するこの三瓶山は、伯耆国の大山とともに国を引き寄せた綱をつなぎ止めた杭だとされている。

 

このことから、あるいは佐比売山黒雲坊は「ダイダラボッチ」のような国づくりの神に対する巨人信仰に関わりのある妖怪かもしれない。

 

いずれにせよ、一度目は見ると熱を出すのでいけないが、次からは無害だという免疫制度があるようなので、一度は見てみたいものである。

 

佐比売山黒雲坊(サヒメヤマコクウンボウ) - 『新日本妖怪事典』 -

 

 

 

 

  

 

 月白貉