ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲ことパトリック・ラフカディオ・ハーン (Patrick Lafcadio Hearn)が、自らの感覚で古き日本を歩きまわって独自の感性で見聞を広めたように、遠く故郷を離れてあてどなき夢想の旅を続けるぼくが、むじなと、そしてラフカディオと一緒に、見たり聞いたり匂ったり触ったりした、ぼくと、むじなと、ラフカディオの見聞録です。

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こうずらりと肴が並んで、こうおっとりと盃を持った形なんてもなあ、豪勢なもんだねえ! -『雨あがる』-[映画の味]第三回

ぼくの映画鑑賞範囲はどちらかといえば海外の映画専門で、あまり日本映画には精通していない。

 

気に入った監督の作品、例えば伊丹十三とか森田芳光とか市川準、あるいは小津安二郎なんかをぼちぼち知っているくらいの程度。

 

黒澤明も好きだが、好きと言えるほど作品を観てはいない。『デルス・ウザーラ』やら『夢』、『八月の狂詩曲』、『まあだだよ』、観たのはすべて晩年の作品である。

 

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こうやって好きな日本の映画監督を改めて上げてみると、皆もうあの世に逝ってしまった人々ばかりだということに気が付く。

 

村上春樹の『ノルウェーの森』で、物語に登場する永沢という男はとても読書家だが、死後三十年を経ていない作家の本は原則として手にとろうとはしない、とそう書かれている。

 

ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

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ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

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現代文学を信用しないというわけじゃないよ。ただ俺は時の洗礼を受けていないものを読んで貴重な時間を無駄に費やしたくないんだ。人生は短い」

 

永沢さん的な観点から言えば、まあ黒澤明はまだ死後三十年も経てはいないが、そろそろ鑑賞するにはよい頃合いかもしれない。

 

さてそんなわけで、黒澤明の美味しい映画について話してみたいと思ったのだが、おっとどっこいそこは捻くれ者のぼくなので、きょうはまた別な日本映画のごはんの話をしよう。だたし別とは言っても黒澤明に非常に関わりの強い、ある意味では黒澤明の作品とも言えるような日本映画の話である。

 

というわけで、今回の「映画の味」は『雨あがる』である。

 

雨あがる [DVD]

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『雨あがる』は2000年に公開された時代映画で、山本周五郎の短編小説をベースに黒澤明が脚本を手がけた作品である。もちろん黒澤明本人がメガフォンを握る予定であったのだが、脚本執筆中に骨折のため療養生活に入り、この映画を完成させることなくあの世に旅立ってしまったのである。

 

雨あがる (時代小説文庫)

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雨あがる―山本周五郎短篇傑作選

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その後、黒澤明の親族から切に願われて、長年黒澤映画で助監督を務めていた小泉堯史が脚本の補完及び監督を努めて、この映画を完成させることとなる。

 

主役の三沢伊兵衛役を寺尾聰、そしてその妻三沢たよ役を宮崎美子が努めていて、脇役にもそうそうたるメンバーが顔を揃えている。

 

石山喜兵衛役の井川比佐志、名も無き爺さん役の松村達雄、辻月丹役の仲代達矢、鋸の見立て屋役の都家歌六、飴売り役の杉崎昭彦などなど。

 

中でも目を引くのはやはり、永井和泉守重明役を演じる三船史郎三船敏郎の息子)であろう。

 

はじめてこの映画を観た時には、三船史郎の何だかセリフ棒読みのような演技に衝撃を受けたのだが、何度も観返しているうちに、どうにもあの演技が癖になってたまらない魅力を感じるようになる。もちろん観終わった後には必ずひとりでモノマネをしながらほくそ笑んでいることは言うまでもない。 

 

さて、この映画には食にまつわるエピソードが実にたくさん登場してきて、観ていてほんとうにお腹が空いてしまう。

 

例えば序盤、三沢伊兵衛が大雨のために足止めを食らう宿での宴会のシーンなどは素晴らしい。雨のために陰鬱としてしまって淀んだ宿の空気を晴らそうとして、伊兵衛が妻に禁じられた賭試合をして稼いだ金で、宿に滞在する貧しい庶民たちのために酒やら米やら魚やらの食材を買い込んできて、手料理での宴会を催すのである。

 

この素晴らしく美味しいシーンだが、なにもそこで宴会に出てくる料理が詳細に描かれているわけではない。熱燗を手に囲炉裏を取り囲んで何やら呑んだり食べたり歌ったり踊ったり、くだらない冗談を言ったり、ちょいとしんみりしたりしているだけのシーンである。いったいどんな料理があるのかということは、なんとなくぼんやりしている。

 

けれどこのシーンを観ていると、ぼくは凄まじく腹が減る。すぐにでもその宴会の隅に入っていって、熱燗をチビチビやりながら、素朴な肴に箸を伸ばしながら、三味線の弾き語りに合いの手なんかを入れたくてたまらなくなってしまうのである。そこがこのシーンの素晴らしく美味しい所以である。

 

美味しい映画には大きく分けるとおそらくは二種類のものがある。

 

ひとつはこの映画のように、その食卓の情景こそが素晴らしいタイプのもの。場合によってはまったく食事風景ではない場面でも、ひとこと何かの食材や料理の話なんかを、さも美味しそうに語る景色だけで、観ているものを美味しくさせるところまで誘う映画なんかもある。

 

この『雨あがる』にもそんなシーンがあって、伊兵衛が釣ってきた鯉を宿の親父に「皆に食わせてやってくれ」と言って手渡すシーンがある。その際に「ぶつ切りにして、味噌汁にするととてもうまい。」と、穏やかな笑みを浮かべてぼそっと言うところなどは、実によいシーンである。

 

そして、美味しい映画のもうひつとのタイプは、劇中に出てくるごはんや料理がとんでもなく美味しそうで耐えられなくなる映画である。日本映画で言うならばいったいなんだろうなあと、数少ない鑑賞済みの日本映画を頭に巡らすと、例えばフードコーディネーターを飯島奈美が務めている映画なんてものは、そちらのタイプに属するかも知れない。

 

荻上直子が監督する『かもめ食堂』やら『めがね』などがそうであろう。

 

このふたつの映画に関して言えば、食卓の情景もコミで美味しそうなのだが、明確にビジュアルとしてのごはんが美味しそうだという点においては、やはり後者になってくるはずである。

 

シネマ食堂

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かもめ食堂 [DVD]

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まあもっと言えば、伊丹十三の『たんぽぽ』なのだが、もうあの映画に至っては、大気圏を超えた宇宙規模の美味しい映画になってしまっているので、ここではあえて触れず、いずれ満を持して語りたいと思っている。

 

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さてそんなわけで、『雨あがる』には他にも、伊兵衛が和泉守とその家臣たちと共に一献もうけるシーンや、伊兵衛が妻の酌で静かに酒を呑むシーンなど、なかなか美味しい見どころ満載映画なのである。

 

こうやって美味しい映画の美味しいシーンを思い浮かべながら文章を書いていると、実に腹が減る!

 

きょうの夜は素朴な肴で日本酒を一杯やりたいなあというところで、今回はこれにてお開きとさせていただこう。

 

お題「何回も見た映画」

 

 

 

 

月白貉