ぼくと、むじなと、ラフカディオ。

かつて小泉八雲が自らの感覚で日本を歩きまわって見聞を広めたように、故郷を離れて旅を続けるぼくが、ぼくの感覚でその土地を歩き回って、見たり聞いたり嗅いだり触ったりした、ぼくの見聞録です。

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カッコつけて、牛鬼岩で魚釣りをしている男がいたんですよ〜。な~にぃ~!?やっちまったな!! -「牛鬼」(うしおに、ぎゅうき)-

千葉幹夫編纂の『全国妖怪事典』を軸として、今回から勝手に始める備忘録的な妖怪話、さて、まずは現在のぼくに縁の深い土地、島根県にまつわる妖怪の話からはじめてゆこう。

 

島根県には、もちろん妖怪に関する伝承が数多く存在するが、先ず頭に思い浮かぶものと言えば、「牛鬼」(うしおに、ぎゅうき)であろうか。

 

牛鬼と言えば、なかなかの知名度を誇る人気妖怪だというぼくの個人的かつ勝手な意見は別としても、おそらくは皆さんもどこかで一度は耳にしたことがあるのではなかろうか。

 

牛鬼は主に西日本を中心として各地に多く伝承の残る妖怪であり、言い伝えでは、頭が牛で胴体が鬼という姿、あるいはその逆で、頭が鬼で胴体が牛という姿だとされているが、江戸時代の妖怪画や妖怪絵巻などでは、頭が牛で胴体が蜘蛛、あるいは頭が鬼で胴体が蜘蛛というものが主流となって描かれている。そのため牛鬼と聞いて多くの人が連想するものは、江戸期に妖怪画として具現化された六足の蜘蛛の胴体を持つ牛鬼の方ではないのだろうか。

 

By Sawaki Sūshi (佐脇嵩之, Japanese, *1707, †1772) (scanned from ISBN 978-4-336-04187-6.) [Public domain], via Wikimedia Commons

 

ぼくの手元にある少年マガジンコミックス版の『ゲゲゲの鬼太郎』第九巻に登場する牛鬼も、江戸期の妖怪画を参考にして描かれていて、頭が鬼で体が蜘蛛の姿をしている。

 

 

この話の中では、牛鬼を殺したものが牛鬼と化してしまうという無限ループ的な特殊能力を持つ、ある意味では退治不可能な強力妖怪としての牛鬼が描かれていて、冒頭であっさりと牛鬼を退治した鬼太郎が牛鬼化してしまう。

 

殺した者は牛鬼になるんじゃ、いったい日本じゅうのだれが牛鬼をたいじするのだ!

 

と目玉の親父も絶叫している。

 

ではいったい牛鬼をどうやって退治するのかと言えば、困ったときの神頼みということで村に祀ってある神社に祈り続けると、神社の中から自称牛鬼退治のスペシャリストだという迦楼羅が登場してくる。

 

千手観音を護る二十八部衆のひとり、皆さんご存知迦楼羅様である。

 

この迦楼羅は八万年前に牛鬼を退治したことがあるそうで、村の代表の天保じいさんの頼みで再び牛鬼を退治することになる。そして迦楼羅ハーメルンの笛吹き男さならがらの手段であっさりと牛鬼を退治して一件落着となるのだが、元の姿に戻った鬼太郎が牛鬼退治の方法を迦楼羅にたずねると、迦楼羅がちょっと興味深い話をする。

 

牛鬼の本体は細胞を変化させる生きた気体だった。それにとりつかれると形が牛鬼になるのだっ。生物に寄生し、その生物が死ぬともっとも近くの生物に寄生し、長年生きつづけてきたのだ。すなわち、殺した者が一番近くにいるわけだ・・・。

 

この話が水木しげるの完全な創作なのか、あるいは何かの伝承に基づくものなのかは定かではないが、『遊星からの物体X』(The Thing)のような話である。

 

では、『ゲゲゲの鬼太郎』における牛鬼の話はこのくらいにして、先に進もう。 『全国妖怪事典』によると、島根県には以下の様な話が残っている。

 

全国妖怪事典 (講談社学術文庫)

全国妖怪事典 (講談社学術文庫)

 

 

場所は石見国邇摩郡の大浜村波路浦とあるので、現在の島根県大田市温泉津町の辺りであろうか。

 

温泉津湾外一里ばかり、岸から一町(だいたい109メートルほど)のところ、ある漁師が舟を出して夜釣りをしていると、岸の方から「行こうか」という声が聞こえた。誰か他の者がやって来たのかと思ったのか、漁師がその声に対して「おう、来たけりゃ来い」と応えると、大きな音を立てて何かが水中に飛び込んだ。それが噂に聞く牛鬼だと咄嗟に悟った漁師は必死で舟を漕ぎ、渚に着いて家に逃げ帰って戸を閉めると、牛鬼が家の中に押し入ろうとして外で荒れ狂う怒号がした。その時気丈な妻女が出て行って焼火箸で牛鬼の目を突き、また家に貼ってあった出雲大社の御札の効果も相俟ってか、牛鬼は凄惨な咆哮を残して去っていったという。

 

今野圓輔の『怪談』を出典とする話である。

 

怪談―民俗学の立場から (中公文庫BIBLIO)

怪談―民俗学の立場から (中公文庫BIBLIO)

 

 

この話は牛鬼が単独で人を襲うケースであるが、石見地方の海岸に現れる牛鬼には、斥候としての「濡れ女」(ぬれおんな)を伴う話も存在する。

 

赤子を抱いた女が海辺に佇んでいて、近くを通りかかる人に「ちょっと赤子を抱いていてくれ」と頼んでくる。それに応じて赤子を抱きかかえると女は海に入っていって姿を消してしまい、入れ替わりに海から牛鬼が現れるという話である。赤子の世話を頼まれた人は驚いて赤子を地に投げ捨てて逃げようとするが、赤子が重い石になって手に吸い付いていてどうにも離れない。石になった赤子が重すぎて走って逃げることも出来ずにあたふたしていると、牛鬼に食い殺されてしまうというわけである。

 

この話からすれば、石見地方の牛鬼と濡れ女は、「キン肉マン」で言うならば、まさにヘル・ミッショネルズ、ネプチューンマンとビッグ・ザ・武道(ネプチューン・キング)ばりの強力なタッグを組んで襲ってくるのである。

 

なんとも恐ろしい話であるが、その時の対処方法も記されているので念のためここでご紹介しておくと、まず赤子を抱く際には必ず手袋をはめて抱き、逃げるときには手袋ごと赤子を投げ捨てればいいとのことである・・・いやいや、まずは海辺に佇む怪しい女性にいくら頼まれても、迂闊に見知らぬ赤子など抱かないことが対処法ではないのかと個人的には思うが・・・。

 

さてもうひとつ、出雲国の谷川に掛かる橋などで、雨が降り続く湿気の多い夜に牛鬼が出ると言われている。

 

それは前述の牛や鬼や蜘蛛のような姿のものではなく、白く光るたくさんの蝶のようなものだという。いざ人が橋を渡ろうとすると、その白く光るものが総身に取り付き銀箔を付けたようになる。手で払い落としても取れないが、囲炉裏の火などで前後となくあぶれば消えるという。

 

和田鳥江の『異説まちまち』を出典とする話である。

 

これはどうやら怪火に分類される妖怪のようで、隣県である鳥取県などにも同様のものが伝えられており、また滋賀県新潟県でいう「蓑火」に類するものだとされているが、なぜこれを牛鬼と呼ぶのかは定かではない。

 

ただ一点、前述した『ゲゲゲの鬼太郎』における牛鬼の件を思い出していただきたい。迦楼羅は牛鬼の本体を“生物に寄生する生きた気体”だと言っていた。これはもしかすると、出雲国に伝わっている白く光って人間に取り付いてくる牛鬼の伝承をベースにした話なのかもしれない。とすれば、水木しげるの描いた牛鬼は、石見国型と出雲国型の複合型だと言えるのではないだろうか。さすがは妖怪蒐集の鬼、水木しげる大先生である。

 

とまあこんな感じで、今回は島根県の妖怪「牛鬼」についてお話してきたわけであるが、今後もこういった妖怪の細々とした事柄を、自由気ままに雑談してゆければなあと秘かに思う所存である。

 

 

 

図説 日本妖怪大全 (講談社+α文庫)

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全国妖怪事典 (小学館ライブラリー)

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